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Z-Seed_カミーユ In C.E. 73 ◆x/lz6TqR1w氏_第56話

Last-modified: 2009-05-19 (火) 22:58:02

最終話「Ζの福音」 2

 
「くっ…うぅ……!」
 
Ζガンダムのコックピットの中で頭を抱えるカミーユ。先程からの頭痛がさらに増していた。
内側から鈍器で殴られるような痛みが継続的にカミーユの精神を汚染し続ける。
サイコミュによる負担を軽減する効果のあるサイコフレームでも、
これだけの力を解放するカミーユには殆ど意味を成さない。
しかし、カミーユは力を使うのを止めない。
サイコフレームは、その想いを乗せて人々の心に希望を積もらせるだけである。
 
「まだだ……!あと少しだけ……!」
《もう止めて、カミーユ……》
「……」
 
頭の中に響いてきたのはフォウの声だった。解放され続けるカミーユの異常なニュータイプの力…
否、それは既にニュータイプとかいう概念をも超越したものだったのかもしれない。
戦場で一人一人が見る夢のような幻、死者も生者も関係なく出会える不思議な現実は、
全てカミーユが望む希望が起こしているものだった。
 
「大丈夫だフォウ……僕はまだ頑張れる……!」
《無理よ……!貴方の体はとっくに限界を超えているわ!》
「まだ、助けたい奴が残っているんだ…今ここでやめるわけには……!」
 
常識を遥かに超えたカミーユの巻き起こす"Ζ"の力…人々が蟠りをなくしていく中、
彼だけは追い詰められていっていた。
カミーユの持つニュータイプとしての力は、確かに凄まじい物を持っている。
しかし、普通の体しか持たないカミーユの精神は、そんな常軌を逸した力には耐えられないのだ。
しかし、そんな状態でもカミーユが力を使うのを止めないのは、
一番気掛かりな男の存在が残っていたからだった。
心残りを払拭しないまま力尽きるわけには行かない。
 
「アイツが…アイツが全てを終わらせるまでは……!」
《もう戻ってこれないかも知れないのに……》
「僕は…その為にこの世界に来たんだ……!」
《カミーユ……あたしも会えなくなってしまうかも知れない……》
「そんなこと……フォウは僕の中にずっと居続けるんだ……!会えなくなるなんて事は……!」
《カミーユ……!》
「だから…お願いだ、フォウ!僕と一緒に行ってくれ!」
 
弾ける様にΖガンダムから光が飛び散る。そして、それはある場所に向かって流されていった……

 
 
 

流されるデスティニー。先程まで残っていた左腕は肩の付け根の部分からごっそり無くなっていた。
あの後、ストライクフリーダムの頭部をカリドゥスの発射前に破壊したデスティニーは、
最初のカリドゥスの一撃をかわしていた。
その次にシンはストライクフリーダムの機動力を奪う為に続けざまに背後に移動し、
ストライクフリーダムのバーニアを破壊した。
その時、バーニアの破壊の衝撃で反転したストライクフリーダムの二発目のカリドゥスが火を噴いたのだ。
シンは慌てて回避運動をデスティニーにとらせたが、カリドゥスの光はデスティニーの左腕と
左側のバーニアスラスターを丸々消した。
その衝撃にデスティニーは吹き飛ばされ、デブリに衝突した時にシンは気を失ってしまった。
これまで何とか耐えてきたシンであったが、ギリギリで繋いでいた意識の糸がぷっつりと切れてしまった。

 
 

(ここは…何処だろう……)
 
意識だけの世界で、シンは周りを見渡す。宇宙に放り出されたかと思ったが、星の輝きは見られない。
ただ、暗黒が広がるだけである。
 
(もう…いいや……。何処だって構わないさ……)
 
諦めてシンは目を閉じる。
キラを倒して目的を果たし、疲れ果てたシンは考える事を止めた。
そうやって時間の流れの中に身を委ね、自分が終わるまでそうしていようと思った。
 
《おい、起きろよ、シン!》
 
また何か聞こえる。
しかし、考えるのをやめたシンは聞かなかった事にした。
目を開ける事も嫌になったシンにとって、今度こそ外からの干渉には関わらないと決めていた。
 
《起きろ、シン!隊長の俺の言う事だぞ!》
《シン、目を覚ませ》
 
呼ぶ声が増えた。
シンはそれでも無視を決め込む。誰であるかなど、考えたくも無かった。
 
《言う事を聞けよ!》
《シン、怠惰はお前の価値を下げるぞ》
《しょうがねぇエースだぜ、こいつぁ》
 
また増えた。
もう勘弁してくれ、とシンは思う。いい加減放っておいて欲しかった。
 
《…気付いちゃ居るはずなんだがなぁ》
《ったく、結局迷惑を俺たちに掛ける》
《笑っている場合ではない。こいつはまだやることが残っている》
《ここは俺に任せてもらうぞ。こういう時にする事、教えてもらってあるんだよ》
 
何勝手な事言ってやがる…とシンは思った。
勝手に自分のところにやって来て、勝手に話を進めて、勝手に自分を起こそうとする。
理不尽にも程がある、と思う。
全てをやり終えたわけなんだから、少しは自分を休ませてくれたって良いじゃないか、
と頭の中で愚痴を零した。

《どうすんだよ?》
《こういう時、俺達の中で最も効率の良いやり方…お前なら分かるだろ?》
《成る程……そうだな、シンには一番効く薬だ》
《何だお前等?何嬉しそうな顔してやがんだ?》
 
…嫌な予感がする。以前に受けた記憶がシンの脳髄を駆け巡り、まだ何もされてないのに頬が痛み出した。
 
《へへっ、これだよ、これ!》
《おぉ、それか!面白そうじゃねぇか、俺にやらせろよ!》
《…殴りたいだけじゃないんですか?》
《ん…ばれたか?まぁ、でもよ、こういうの、骨の髄に染みるようでなきゃいけないと思うんだがなぁ……》
《いやいや、ここは隊長の俺に任せろって!》
 
来る……瞬間的にシンは覚悟した。そして、それを受けても我慢しようと思った。
 
《修・正ッ!》
 
鈍い、鈍すぎて逆に痛みが分からない程強烈なパンチが自分の頬にめり込んだのが分かる。
しかし、敢えて我慢する。
 
《……起きないな》
《あぁ、起きなねぇなぁ……》
 
多少消沈したような声を漏らす他二名。そんな流れる雰囲気に、シンは安堵した。
しかし、これで諦めてくれるだろうとタカを括った瞬間、驚愕の台詞が彼の耳に聞こえてきた。
 
《こりゃあ寧ろ起きてるな》
《ああ。起きてるな》
《その上でシカトかよ》
 
当たり前の結果である。殴られて目を覚まさなければ、それは起きているのと同じである。
我慢しているのはバレバレであった。
 
《よっしゃ、今度は俺にやらせろ!こうなったら、こいつが起きるまで俺は殴るのを止めないぞ!》
 
今の声の主を思い浮かべる。…冗談ではない、
シンの知る限り、その人物は最も加減を知らないであろう豪放な人物である。
先程の痛みだけでも相当なのに、これ以上は苦痛なだけだ。慌ててシンは体を起こす。
 
(待ってくれ!俺が、俺が悪かったから!)
 
必死になって謝る。尤も、理不尽なのは彼等の方だが、
それでもこの状況は謝らなければならない状況だろう。

《お前が悪いんだぜ?そうやって何時までも寝てるから》
 
最初に目に入ったのはハイネだった。
 
《お前はまだ眠るわけには行かないのだ、シン》
  
右に振り向くと、レイが居た。
 
《強情張ってっから、そういう目に遭うんだよ》
 
左には笑っているマッドが居た。
 
(みんな、何だって俺のところに来たんだよ……?)
 
呆れたようにシンは言葉を漏らす。
自分はもう休みたかった。だからずっと無視してたのに、
それでも無理やり自分を起こそうとする彼等が意地悪に思えた。
しかし、本当に問題なのは既に死んでいるはずの男達が何故か自分に会いに来ていることだ。
 
(別に、あのまま放っておいてくれれば直ぐにみんなのところに会いに行けたのに……)
 
そうすればまたステラにも会える。それがシンの一番の望みだった。
 
《何言っちゃってんだよ?お前の仕事は、まだ終わったわけじゃないんだぜ》
(終わってない?)
《そう、それを伝える為にある子に頼まれた。お前を起こして欲しいとな》
《おい、お嬢ちゃん!起きたぞ、こっちに来な!》
 
マッドが振り返って手招きする。
 
(頼まれたって…誰に?)
《それはな…》

 

《お兄ちゃん……》

 

(……!?)
 
一生忘れる事の出来ない声。
目の前の三人の開けた道から、一人の少女がやって来る。
その手には見覚えのある携帯電話が握られていた。
 
(マユ……)
《起きた、お兄ちゃん?》
(何で…マユ……)
《……》
 
俯いてマユは視線を外す。シンに悪い事をしたのではないかと気にしていた。
 
《いいんだぜ、言いたい事言ってもさ》
《遠慮する事は無い。こいつはタフだからな》
《そういう事だ、可愛い妹の言う事なんだ。兄貴のこいつが怒りゃしないって》
《あ、ありがとうございます、皆さん!》

シンを無視して口々にマユを慰める彼等に、マユは向き直って御礼をする。
三人は笑顔でそれを眺めていた。
 
《これ……》
 
そう言ってマユが差し出したのはシンが持っているのと同じ携帯電話だった。
しかし、マユの手に置かれたそれは霞んでいて輪郭が定かではない。何か足りないというのだろうか。
 
(マユの携帯……)
《これね…お兄ちゃんが持っているせいで使えないの。
 だから、お兄ちゃんにこれをマユに返して欲しくて……》
(返すって…俺が持っている物をか……?)
《うん……》
 
シンは戸惑う。
家族を失ったあの日から、シンと家族を繋げていたのは唯一残ったマユの携帯電話だけである。
それを手放す事はシンにとって完全な家族との別離を意味する。
シンはそれを手放すなんて事は考えられない。
 
しかし、マユには分かっていた。
シンが後生大事にマユの携帯電話を持ち続けるという事は、
シンが家族の死を何処かで認めていないという事である。
それはシンが死者に心を引っ張られているという事である。
それが心のしこりとして残っている限り、シンは変わっていく世界から取り残されてしまうだろう。
マユはシンにそうなる事を望んでいない。
 
(でも…あれは俺とマユの思い出を繋ぐ物で……)
《お兄ちゃんは新しい世界で新しいお兄ちゃんで生きて……。
 きっとあの人もそれを望んでいると思うから……》
(あの人?)
《呼んでいるわ……。今も寂しく、お兄ちゃんが迎えに来てくれる事を願って一人で孤独に耐えてる……》
(それって……)
《お願いね、お兄ちゃん……?マユからの最後のお願い……》
 
マユの姿が薄くなっていく。
 
(マ…マユ……)
《物は無くても、心の中でマユとお兄ちゃんは繋がっているわ。だから、ここでお別れなんかじゃないの》
(そうか…マユも、父さんも母さんも……)
《じゃあね、お兄ちゃん……》
 
マユの体が完全に消え去る。
 
(マユ……)
《さてと…俺達も行くか!》
 
後ろでハイネが声を出す。
 
《そうだな》
《じゃあな、シスコンラッキースケベ!》
 
レイとマッドも続く。

(みんなも行っちゃうのか……?)
《当たり前だろ?俺達は、そうなったんだ》
《気にするな。お前は良くやった。俺の想像以上だ》
《だからって気を抜くんじゃねぇぞ?お前には最後の仕事が残ってんだからよ》
(最後の…仕事……)
《自分のする事、分かってんな?》
 
マッドが笑いかける。シンは頷いてそれに応えた。
 
《なら、いい》
《シン、すまなかったな》
(レイ……)
《俺がお前を利用しようとしていたのは事実だ。
 しかし、やはりお前はお前らしくしているのが一番だったようだな》
《そういう事だ、シン。お前、かっこよかったぜ!》
 
手を振る三人の姿も消えていく。シンは呆然とそれを眺めていた。
 
(皆…またいつかな……)
 
やがて消え去った後、シンは呟く。そして、残された闇の中でシンは一人だった。
それはとても寂しく、寒い。
急に温もりが欲しくなり、シンは顔を上に向けた。

 
 

デスティニーのコックピットの中でシンは目を覚ます。
機能は未だに正常に作動している。
デスティニーが頑丈なのか、それとも奇跡でも起こったのか分からないが、まだ動く事が出来る。
シンはバイザーの割れたメットを脱ぎ捨て、何かを捜す。
 
「これ……?」
 
ふと気がつくと、デスティニーの周りを粉のような緑色の光が微かに舞っていた。
しかし、その光は直ぐに消え、辺りは再び何事も無かったかのように静まり返る。
そんな状況に、シンは一瞬呆けてしまったが、即座に気を取り直し、辺りを探った。
 
「本当に生きてるってのか……?」
 
藁にも縋る気持ちでシンは捜す。しかし、そう簡単に見つかるものでもない。
 
《月の…引力に引かれて……》
「!?」
《地球を正面に…南西の方向に……》
「これ…誰かが俺に話しかけてる……」
《急がないと…時間が無い……》
「……!」
 
眉間に皺を寄せ、シンは急いで言われた方角に向かう。
誰の声かは大体分かっていた。
それはファーストコンタクトを取ったのがシンだったからではなく、シンが何となく似ていたからだろう。
 
「あれか!」
 
バランスの崩れた機体の制御に四苦八苦しながら、シンは月面に放置されている戦闘機の姿を発見した。
近付いて見ると、コックピットの中でノーマルスーツも着ていない少女が気を失っているのが確認できる。
シンは急いでメットの穴を補修して頭に被る。

 
 

「ステラァ!」
 
デスティニーのコックピットを飛び出し、コアスプレンダーのコックピットにメットを押し付けて
シンが外からステラに呼びかける。
機器類を良く見ると、既に生命維持装置の残り時間がゼロになっていた。
ステラが僅かに呼吸をしているのが、微かに動く胸元で分かった。
シンは焦った。
ステラがノーマルスーツを着ていないとなると、コックピットから出すわけには行かない。
となると、安心できる場所までコアスプレンダーをデスティニーで運ばなければならないのだが、
デスティニーのマニピュレーターは既に無い。
八方塞である。
 
「どうすれば……!」
 
そんな時、メットの通信回線に何処かから繋がる音が聞こえた。 
『聞こえ…か?こちらはゴンド…ナのイザー……ルだ』
「イザーク隊長……!」
『動け……なら回収に向……る。…し…待って…ろ』  
ノイズが酷くて聞き取り辛かったが、どうやら迎えに来てくれるということは分かった。
すると、頭上から戦艦の陰がシンに覆い被さる。
その中から一機のグフが飛び出してきた。正に助け舟である。

 
 
 

シンとステラはゴンドワナに収容された。
ステラがコアスプレンダーから出され、シンは急いでそこへ向かおうとする。
しかし、戦闘で酷使した体は言う事を聞かず、無重力の中でシンは体をコントロール出来ない。
 
「無理をするなよ」
 
スッとディアッカがシンに自分の肩を貸す。
 
「連れてってやるよ、お前のお姫様の所にな?」
 
そう言ってディアッカはシンに一つウインクする。
 
「すみません……」
「いいって、……ほら!」
 
ステラが寝かされている所で降ろされる。
 
「ステラ……」
 
ステラはまるで人形のように眠っている。
いや、本当に眠っているのかすら疑問に思えるほどその寝顔はうそ臭かった。

「おい、起きてくれよ、ステラ……!」
 
シンがステラを抱き起こして呼びかける。
ディアッカはそんな二人を遠目で見つめていた。

 
 

「で、結局どうなんだ、あれは?」
「……コアスプレンダーの酸素濃度は極端に低下していましたからね。
 どの位放置されていたかにも因ります。
 下手をすればあのまま目を覚まさないかもしれませんし、奇跡的に助かったとしても、
 酸素欠乏症で脳をやられている可能性は否定できません……」
「そっか……」
 
必死に呼び続けるシンがディアッカには痛々しく見え、耐え切れずにその場を離れた。

 
 

「回収は終わったのか?」
「ああ……」
 
ブリッジに上がったディアッカは振り向いたイザークに話しかけられる。
 
「どうした?浮かない顔をしているぞ」
「いや、何でもねえよ。それより、戦闘はどうなったんだ?」
「……我々の敗北だろう。メサイヤは沈黙し、デュランダル議長は行方不明だそうだ」
「そっか……結局またあいつらの勝ちって訳か……」
「この戦いに勝者など居るものか……」
「あぁ、そうだな……」
 
二人は艦橋の窓から月に突き刺さるようにしているメサイヤを見つめて物思いに耽る。

 
 
 

その頃、部屋のベッドに運ばれたステラにシンはまだ呼び続ける。
 
「ステラ…折角助かったのに、もう起きてくれないのか……?」
 
シンはステラの上に覆い被さる様に顔を埋める。
悔しくて涙が出た。
二人っきりの空間のはずなのに、自分しか居ないような気がした。
目の前にステラは居るのに、その存在が不確かに見える。
 
「ステラ…俺、こんな日が来る事なんて考えて無かったよ……。
 そう、初めて会った時から、俺はステラに惹かれていたんだ……」
 
そう言ってシンはパイロットスーツのポケットの中からピンクの貝殻を取り出す。
 
「ほら、憶えているだろ、これ……?ステラと俺の約束の印だ、ステラを俺が守るっていう……」
 
シンは体を起こし、ピンクの貝殻をステラの手にそっと握らせ、訴えかける。
 
「だから…だからさ……目を…開けてくれよ……!ステラとの約束、破りたくないんだ……!」

再びシンはステラに顔を埋め、力の限り泣いた。
その悲しみを、シンは誰にぶつけていいか分からなかった。
ただ、ステラをこんな風にしてしまった自分をシンは許せなかった。
力をつけたつもりだった。しかし、それでもシンは守りたい人一人すら守れなかった。
 
やがて、泣きつかれたシンは黙ってステラに抱きついたままになった。
もう何も考えられない。
 
(ごめん、マユ、皆……俺、結局誰も助けられなかった……)
 
懺悔の様にシンは心の中で呟く。
結果を恐れずにここまで戦ってきたつもりだったが、最後の最後でシンは後悔してしまった。
こうなるのだったら、ステラをミネルバに乗せるべきではなかったと思う。
シンの存在がステラを頑張らせすぎてしまったのだ。その結果が今である。
シンはそんな現実に押し潰されそうになる。生きる気力を失おうとしていた。
 
悲しい筈なのに睡魔が襲う。いくら悲しみに暮れていようとも体は正直である。
疲れ果てた体は休息を本能に求めたのだ。
シンは三度幻の世界に誘われた。

 
 

そこは先程の暗いだけの世界とは違った。
確かに闇が広がってはいるが、星の輝きのようなものも見られる。
とても幻想的で綺麗な世界だった。
直感的に、そこは自分の世界じゃない事をシンは悟る。
 
《なあ、カミーユ…あんたも俺と同じ気持ちだったのか?》
 
隣に居る男に話しかける。二人とも腰を下ろし、視線は同じ方向を向いていた。
シンが訊ねたのは以前にカミーユに聞かされたフォウとロザミィの事である。
ステラがシンにとって彼女達と同じ存在に当る事は彼も理解していた。
 
《僕がこの世界に来たのは、お前に僕と同じ思いをさせない為だった》
 
シンは思う。きっと、このような美しい世界はカミーユの心の中の写し画なのだろうと。
カミーユの声は、この幻の世界のように澄んでいた。
 
《でも、結局俺はあんたと同じになった……運命ってさ、変えられないんだよ、きっと》
 
苦笑する。涙が零れそうだったが、消えそうなカミーユの前では泣くまいと思った。
今泣いてしまえば、カミーユは途端に消えてしまうような気がしたからだ。
 
《人間の力……》
《ん?ニュータイプの事か?》
《そうじゃない…もっと根本的なこと。シンはそんな力に頼らずとも切り開いていけるだけの力がある》
 
シンはもう一度苦笑する。自分はステラを守りきれなかった。
現に、ステラはいくら呼びかけても一向に目を覚ます気配が無い。
 
《俺に力なんて無いさ。結局誰も守る事なんか出来なかった……》
《本当にそう思うか?》

カミーユの含みのある言い方にハッとしてシンは視線をカミーユに移した。
 
《お、思うさ。だって、ステラは……》
《ステラにはお前の声はちゃんと聞こえていたよ》
《嘘だ!なら、なんでステラは目を覚ましてくれないんだ!?どうしてカミーユにそんな事が分かる!?》
 
立ち上がって声を張る。興奮して顔が紅潮しているのが分かる。
目から頬を伝うものが流れているのも分かった。
 
《僕がニュータイプだからさ》
《ニュータイプ……!》
《お前は、この世界の僕なんだろう。今ならそう思うことができる》
《カミーユ……》
《さあ、もう泣くのは止めて目を覚ませ。お前を捜している人が居るはずだ。お前に会いたいって……》
《え……?》
《僕の役目はこれで終わりだ。だから、さよならだな》
《さよならって…カミーユ!》
 
腕を掴もうと手を伸ばす。しかし、その前にシンの意識が覚醒していき、
カミーユの腕を掴む直前で現実に引き戻された。

 
 

シンは無機質な機械音が鳴り響く中で目を覚ました。
唯の夢だったのか、うつ伏せになったままで考える。
夢現な頭ではハッキリとした事が思い浮かばない。
しかし、カミーユはこれまで不思議な事を何度も起こしてきた。
先程の夢もその中の一つと考えれば、理解は出来なくても納得は出来る。
ぼやける頭でそんな事を考えていた時、ふと誰かの手がシンの頭を撫でた。
 
「……!?」

 

「シン……」
 
まだ夢の中なのかと思った。急に意識がハッキリとし、思わずシンは慌てて体を起こした。
 
「きゃぅっ!?」
「……!」
 
驚いてステラは反射的に手を引っ込める。
 
シンの目の前には優しく微笑むステラが居た。
本当に現実なのかどうかは体の痛みが証明してくれている。
紛れもない現実だった。
 
「シン、変な顔」
 
ステラは涙と苦痛で歪むシンの顔を見て笑った。

 

「ステラ…本当に大丈夫なんだな、ステラ……!」
「どうしたの、シン?ステラはシンの言葉、聞こえてたよ。
 シンはステラを守ってくれるって約束してくれたもの」
「あぁ…ステラァ……!」
 
思わずシンはステラに抱きついた。
体中が痛みで警告を与えていたが、シンはそれを無視した。
そんな体の痛みよりも、今はステラを抱きしめられる事の方が重要だったからだ。
 
「シン…ちょっと痛い……」
「ステラ…ステラ……!」
 
シンが力いっぱい抱きしめてきたので、ステラは苦笑いを浮かべた。
しかし、子供のように泣きながら抱きついてくるシンを、ステラは何故か嬉しく思えた。
そのまま、シンはステラと再開を喜び合っていた……

 
 
 

「……っ!」
 
ミネルバから脱出したランチから、ルナマリアが飛び出してくる。
先程から動かないウェイブライダーが心配になったのだ。不思議な光はまだ微かに残っている。
 
ルナマリアがウェイブライダーに取り付き、コックピットを拳で叩いてカミーユを呼ぶ。
 
「カミーユ!どうしたの、カミーユ!」
 
しかし、返事はない。
念の為にメットをコックピットに押し付けてみる。すると、中からカミーユの声が聞こえてきた。
 
『ぁ…大きな星が、点いたり消えたりしている……あはは、大きい……!』

 

「え……?」

 

『彗星かな?…いや、違う、違うな。彗星はもっと"ばぁー"って動くもんな!』

 

「こ…これって……どういう事……?カミーユ……」

 

ルナマリアは思わずウェイブライダーから離れてしまう。
その中に居る人物は既に抜け殻だった。
 
『暑っ苦しいなぁ、ここ。…ぅん……出られないのかな?』
 
離れてもカミーユの声は聞こえた。一度キャッチした電波は少し離れても簡単に切れたりはしない。
 
『おぉーい!出してくださいよ、ねぇ?』

 

「こんな事って……そんな……」
 
ランチからもルナマリアがΖガンダムから離れるのが見えた。
その様子に疑問を持ったメイリンがルナマリアに呼びかける。
 
『どうしたの、お姉ちゃん?カミーユ、大丈夫なの?』
「メ…メイリン……」
 
諦めたような声でルナマリアはランチに戻ってくる。

『あっ、お姉ちゃん!』
「え……?」
 
しかしその時、Ζガンダムに再び異変が起こった。
今まで放出されままだった光が、今度はまるで逆流するようにΖガンダムに集まってくる。
やがてΖガンダムの姿が光に包まれて見えなくなっていった。

 
 

《迎えに来たわ、カミーユ……》

 
 

誰かの声が響く。カミーユはその声が誰のものか知っていた。
そして……

 
 
 

 ファ…僕は帰る……全てを忘れて君の下へ……

 
 
 

「……?」

 

ステラの無事を喜んでいるシン。そこへカミーユの声が聞こえたような気がした。
しかし、その声は今までよりも小さく、弱く、そして、少しだけ喜びが含まれていた。

 
 

 やっと、君に会える……

 
 

「カミーユ……?」
 
シンは鈍くなった体でステラから離れ、辺りを見回した。
その様子にステラはキョトンとした表情でシンを眺める。
 
「どうしたの、シン?」
「いや…カミーユが……」
 
不意に届いた声…それは今までのように何かを伝える声ではなかった。
全てを終わらせた男の、自分と似たシンだけに届いた最後の声だった……

 
 
 

戦闘の光は、サイコフレームの光と共に消えていった。
最初に停戦を呼びかけたのは、オーブ・連合軍の方からだった。
そして、対するザフトもそれに応え、戦いは終わった。

 

最後に見せたΖガンダムの奇跡は、人々の心を繋ぐ光だった。
人々はお互いを許し、相互に理解を得ようと歩み寄る。
そして、ナチュラルとコーディネイターの垣根は少し低くなった。

 

シンは、いつか自分とステラの様にナチュラル、コーディネイターの関係無しに
想いを寄せ合える時代が来るのではないかと予感した。
そして、その時代を呼ぶのはこれからの自分達の仕事だろうと自覚する。

 
 

「さようなら…カミーユ……」

 
 

シンは一言呟いた。

 
 

Kamille In C.E.73 Fin