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Zion-Seed_51_第二部第23話

Last-modified: 2009-02-25 (水) 23:08:09

 宛がわれた執務室で、ガルマとマ・クベは鎮痛な面持ちで話し込んでいた。

「キシリア様が亡くなりました」
「……そうか」
「驚かれないのですね」
「覚悟はしていた。いずれはこうなるとね」

 キシリア・ザビの死去。それがガルマの元へ伝えられたのは、亡くなってから数日が過ぎた頃だった。その
突然の死に誰もが驚く中、ガルマは冷静に受け止めていた。
 プラント陥落時、キシリアは戦勝式の際にエザリア・ジュールの手によって銃撃された。場にいたタッド・
エルスマンの処置によって一命は取り留めたが、放たれた弾丸が心臓と脳を損傷、植物状態となった。その後、
彼女はプラントのフェブラリウス市で治療を受けていた。
 様態が一変したのは4日前、突如として心臓麻痺を起こした彼女は、医師達の努力にも関わらず亡くなった。
 あまりの突然の出来事に誰もが唖然とし、最初はそれを信じようとはしなかった。そして呆気ない死に様に、
キシリア派の策謀やギレン派の暗殺ではないかとの憶測も流れた。しかし、デギン公王から彼女の死に対する
公式見解が病死であると発せられ、陰謀論も沈静化していった。

「ドズル閣下から、至急お戻りになるよう通達が来ています。しかし……」
「分かっている。私が行くわけにはいかない」

 連合が、ガルマが地球を離れた隙を狙って、戦争を仕掛けてくる可能性は高い。地上軍の長であるガルマが
不在では、いざという時、ジオン軍と旧ザフト軍の間で命令系統に混乱が生じるかもしれない。現状では彼が
地上を離れるわけにはいかなかった。

「代理を立てよう。中将、君が行ってくれ」
「御意に……」

 この命令にマ・クベは少し驚いたが、納得もしていた。
 葬儀の代理ともなれば相応の立場の者がいかなくてはならない。地上軍でそれに該当するのは自分と欧州に
いるユーリ・ケラーネ少将、そして極東にいるギニアス・サハリン少将の3人だ。
 ケラーネ家、サハリン家は共にザビ家と親交があり、代理としては十分である。しかし戦争が再開されれば、
欧州はユーラシア連邦との最前線になり、極東は東アジア共和国への工作を仕掛けなければならない。2人を
外す事ができない事態となるのだ。

「私も、そろそろジブラルタルに戻る。何時までもオーブでバカンスとはいかないからな」

 どこか寂しげな表情を浮かべてガルマは言った。マ・クベはそれを気にしながらも、司令官としての自覚が
生まれたガルマなら、キシリアの死を乗り越えられると結論付けた。
 部屋を出たマ・クベはウラガンを呼びつけ、オーブ政府にシャトルを用意するよう指示を出す。

「ウラガン、私は暫らく宇宙に滞在する。貴様は例の噂を流せ」
「本気で行なうのですか?」
「当然だ。ガルマ様には覇者となる理由が必要なのだ」
.
.
――――第2部 第23話
.
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 ジオン本土に向かう中、マ・クベは物思いにふけっていた。
 キシリア・ザビの死自体は、彼にとってどうでもよかった。彼女が植物状態になった段階で、ギレンと相対
するという存在意義が無くなったのだ。ガルマが才能を開花させた今では、キシリアの安否など考えるまでも
ない。いつまでも感傷に浸るなど、偽善というだけでなく労力の無駄である。
 彼にとって大事なのは、キシリアが暗殺されたか否かであった。連合との戦争が再開されかけている現状で
キシリアが死亡する。これはあまりにも不自然である。何か裏があると見るべきだと、マ・クベは考えていた。

「まもなく当機はズムシティに到着いたします」
「ご苦労だった。プロホノウ中佐」
「中将殿、私はもう中佐ではありません」

 オーブから宇宙に上がったマ・クベは、軌道上で待機していた連絡貨客船ヨーツンヘイムに乗り込んでいた。
この船は、戦争中に技術支援艦として軍に徴用されていた船で、休戦状態の現在は、任務を解かれて元の鞘に
戻っていた。それをドズルが無理に使わしたらしい。

「そうだったな。船を急がせた上に失礼をした、プロホノウ船長」
「いえいえ、お客様の厄介事には慣れております」

 そんな何気ない会話をしている間に、船は宇宙港に入った。
 ジオン公国首都ズムシティ。マ・クベにとっては数ヶ月ぶりの本土である。家族のいない彼を出迎える者は
いないのだが、意外な事にドズルが宇宙港で待っていた。

「何故貴様が出てくるのだ?!」

 彼はマ・クベの顔を見かけるなり不愉快な顔をする。ガルマを出迎える予定だったのだろう。

「ガルマはどうした?」
「ガルマ様は地上に残られました」
「なにぃ、それはどういう事だ!?」

 マ・クベは自分がガルマの代理である事を話す。

「キシリアが死んだんだぞ! 葬式にも出んとは、何を考えているのだ!!」
「連合との戦争再開は秒読みです。ガルマ様が居られない間に侵攻される可能性は高いかと」
「地上軍はガルマがいなければ何も出来ないのか!? どんな状況でも何とかするのが軍人だろうが!!」

 憤慨するドズルだったが、今更ガルマを呼び戻せはしない。

「貴様のような男が参謀では、ガルマが苦労するのが目に浮かぶわ!」

 結局、ドズルは諦め、マ・クベに公用車に乗るようぶっきら棒に言った。
 車が公王庁への道を進む中、ドズルとマ・クベは一言の会話も行なうことはなく、ただ沈黙が続いていた。
理由はドズルのマ・クベ嫌いである。現場第一主義の彼は、政治将校であり、策謀家でもあるマ・クベを評価
していないのだ。
 それでも沈黙が続くのは不味いと思ったのか、マ・クベが口を開いた。

「閣下、此度の訃報につきましては……」
「決まりきったセリフなぞいらん!」

 話すのも鬱陶しいのか、問答無用で黙らせるドズル。だがこれ幸いとばかりにマ・クベの目が光った。

「……では、此度の一件。閣下はどのようにお見受けしておりますか」
「何の事だ?」
「キシリア様が暗殺された、という意味です」

 マ・クベはキシリア暗殺説をドズルに説く事にした。ドズルは政治家のギレンよりも軍人のガルマよりだ。
ガルマが決起するとなれば味方に着くかもしれない。だが、

「戦争が再開されようとしている時期に、キシリア様が亡くなる。不自然ではありませんか」
「キシリアが連合に暗殺されたとでも言うのか?」
「もしくは、キシリア様と敵対していた派閥の誰かが……」
「ふざけた事を言うな! そんな奴がジオンにいる訳がないだろう!!」
「しかし状況から考えて……」
「もう一度同じ事を言ってみろ。貴様をくびり殺してやる!」

 どうやら自分の口からでは反感を買うだけのようだ。マ・クベとドズルでは思考が違いすぎている。ガルマ
本人か、ランバ・ラルあたりでなければ、説き伏せる事はできないだろう。しかし、それが不可能であるのは
判りきっていた。

(最悪の場合、ガルマ様にドズルを撃たせなければならない。彼にそれができるのだろうか? いや、嫌でも
やってもらわなければ……)
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               *     *     *
.
 ザービ!
 ザービ!
 ザーァービ!
 20万群衆のコールは、コロニーを揺り動かすかに見えた。弔砲が轟き、いつしか群衆の足踏みがコールと
共に起こった。群衆の大部分は若い人々だ。

(世論を操作したか、見事なものだ)

 その群衆を、マ・クベは冷ややかな目で見ていた。
 キシリアは、政治家としてはギレンに、軍人としてはドズルに劣り、若さという部分でガルマに劣っていた。
彼女が一軍の長まで伸し上がったのも謀略のおかげである。ザビ家の一員ではあるが、民衆から好かれる要素
は皆無であった。それがこんなにも多くの国民を引き付けている。

(20万人と、テレビ中継を観る国民は1億以上か?)

 それだけの支持をキシリアが受けていれば、彼女は実力で総帥の座を手に入れている。

(まるで今日を知っていたかのようだ……)

 全てはギレンの巧みな情報操作の御蔭だった。キシリアが襲撃を受けてから今日までの間、意識のない彼女
を尻目に、マスコミを操作して作られた美談を垂れ流し、悪漢に襲われた悲劇のヒロインに仕立て上げたのだ。
 幕が開き、デギン公王が入場した。傍らにはギレン、ドズルが並んでいる。マ・クベと横に並ぶ政府高官は、
ザビ家の入場に際して立ち上がった。

「我が主君がこれ程までに支持を受けていたとは驚きであります」

 ギレンが演説を始めようとする頃、マ・クベが横に並ぶ男に言った。

「死が訪れると、故人を思う感情が高まると聞きます。キシリア様も同様でしょう」

 答えたのはジオン公国の首相ダルシア・バハロだった。42歳という若さの俊英で、国民からも人気のある
政治家だ。だが、議会や軍部をギレンが掌握している為に実質的な権力は無く、デギン公王と共に象徴として
置かれた傀儡に過ぎなかった。

「確かにそうですな。ドズル閣下も、キシリア様とは犬猿でしたが、よく見舞いに行ったと聞いております。
ギレン総帥はそうではない様子ですが……」
「ッ!?」

 危ない一言に、ダルシアの顔色が悪くなる。何処でSSが聞いているか分からないからだから当然だろう。
しかし、この場で話すのは仕方がなかった。一介の中将が首相に直接会う機会など滅多に無いのだ。

「ところでデギン公王はキシリア様の死をどのように思っておられるのでしょう」
「……何故その様な事を私に聞くのです?」
「首相と公王がよく会っていると風の噂に聞いたもので」
「それは……!」

 これは旧キシリア機関からの情報であった。
 生前からキシリアは、デギンから呼び出される事が多かった。デギンは、キシリアを信用してなくとも信頼
はしていたようで、ギレンに対抗できるのがキシリアのみだと考えていたらしい。
 だが、今やキシリアは亡くなった。こうなっては新たな対抗馬を用意しなければならない。そして目を付け
られたのがダルシアだったのだ。

「中将殿、ここはそのような話を行う場所ではない。もう少し場をわきまえるべきだ」
「これは失礼。この戦争をデギン公王がどのように考えているのか、個人的に興味がありましてね」
「個人的、ですか?」
「ええ。個人的に……」
「…………」

 これ以降、両者は口を開く事はなかった。それでもマ・クベは確かな手ごたえを得ていた。自分がデギンと
ダルシアの密談に興味がある事、そしてそれが個人的である事をダルシアに伝えられた。
 根拠はデギンとダルシアの立ち位置にある。2人ともお飾りで実権を持っていない。有能である事に間違い
ないが、ギレンの傀儡なので、周囲に与える影響力はキシリアと比べては低いのだ。1人でも多くの協力者が
いなければ2人の目論見は露と消えてしまう。

(今のダルシアは半信半疑だろうが、味方にできると分かれば向こうから接触を試みる筈……)

 ワアアアァァァ!!!
 歓声が轟いた。どうやらギレンの演説が最高潮に達しているらしい。しかしマ・クベにとって、それはどう
でもいい事だった。
.
               *     *     *
.
 ――3日後。
 マ・クベは既にズムシティを去っていた。本土では何処にギレン派の目があるか分からないからだ。ドズル
とダルシアに探りを入れただけでも十分すぎる成果だ。

「中将殿、行き先はオデッサ上空でよろしいですかな?」

 再びヨーツンヘイムに乗ったマ・クベは、プロホノウに話しかけられた。
 マ・クベはそのように返答しようとするが、少し考えて行き先を変更するよう言った。

「行き先はプラントだ」
「ッ! それは突然ですな」

 唐突な行き先変更にプロホノウは驚く仕草をしたが、内心では冷静だった。貨客船の仕事を20年間勤めて
きた彼にとって、無茶の注文は日常茶飯事だからだ。

「今からでは無理か」
「いえいえ、お客様は中将殿1人ですからな。問題ないでしょう」
「すまんな。ここ数年間、休暇を取っていない事に気付いたのだ」
「休暇ですか。確かに戦争が始まれば、休みなど取れませんからなぁ」

 皮肉らしい。戦争が再開されれば、再びヨーツンヘイムが徴用される可能性は高い。不満を持つのも当然だ。

「プラントの観光名所といえば、やはりEvidene01でしょう。お食事は流行の海鮮ジョンゴル鍋がよろしいかと」
「海鮮ジョンゴル鍋?」

 プラントの食文化に興味をそそられながら、船は一路プラントへ向かった。
 マ・クベがプラントに興味を示した理由は、キシリアの担当医から証言を得たかったからだ。キシリアの死
自体が暗殺でなくとも、捏造すれば差ほど問題はない。嘘も100回言えば真実になる。実際、キシリア暗殺
説の噂をウラガンに広めさせている。
 それでも暗殺となる証拠があるに越したことはない。例え真実ではなかろうとも、担当医の口から何らかの
証言があれば信ぴょう性も増すというものだ。
 早速、マ・クベが向かったのはキシリアの治療が行なわれていたフェブラリウス市だ。同市は医学を専門に
研究するコロニーで、タッド・エルスマンが代表を務めていた。
 キシリアの担当医もタッドであり、マ・クベは接触を試みようとした。
 ところがエルスマン家に着くと、タッドが不在である事が分かる。聞けば彼はアプリリウス市で事情聴取を
受けた後、宇宙要塞ソロモンに出向したらしい。何故、彼がソロモンに呼ばれたのかは不明だった。総督府か
ヤキンに行けば詳細が得られるだろうが、ギレン派のエンツォ・ベルニーニに自分の行動を知られてしまう。
 考えた挙げ句、マ・クベは搦め手から攻める事にした。
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               *     *     *
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「妙な客だな……中将閣下」

 またもや皮肉を言われたマ・クベは、その不快そうな顔をする男に相対した。

「階級で呼ぶ必要はない。今日の私は休暇なのでね」
「なるほど。公人ではなく私人だと言いたいのだな」
「理解が早くて助かるよ、ミハイル・コースト君」

 キシリアの治療にはタッド1人で当っていた訳ではない。十数人からなる医療スタッフにより、彼女の命は
保たれていた。その中の1人がミハイル・コーストである。医者であり、優れたMSパイロットでもある彼は、
キシリアの片腕を務めていたマ・クベの事を知っていた。

「それで、何の為に私のところへ来た。まぁ、大よその検討は着くが」
「そう怖い顔をする必要は無い。海鮮ジョンゴル鍋でも食べて落ち着きたまえ」
「食べ物で釣るつもりか。私は簡単には釣られんぞ」

 と言いつつ、海老やホタテをごっそり取るミハイル。

「では率直に聞こう。キシリア様は暗殺されたのか?」
「さあな。私には分からん、と言うよりも私も知りたい懸案事項だ」

 そうミハイルは吐き捨てる。患者を死なせた事に腹を立てている様子でもあった。

「死因は心臓麻痺だ。前日までバイタルは安定していたにもかかわらず、心室細動を起こした。アトロピンと
電気ショックによる治療を試みたが、ダメだった」
「私は専門家ではない。薬物で心臓麻痺を起こすことは可能なのか?」
「可能だ。が、その線は薄い」
「何故だ?」
「患者は24時間体制で監視していた。その間、何者か侵入した形跡は無い」
「病院内、それも医療スタッフに犯人がいる可能性も考慮すべきでは?」
「それはありえない」

 マ・クベが顔をしかめた。

「スタッフは、エルスマン医師が信用する人物にしか選ばれない」
「しかし、コーディネイターである君達が、キシリア様を殺害する動機は十分にある」
「見くびってもらっては困る。患者に恨みが有っても、私達は医師としてやるべき事をするよう教わっている」
「恨みは否定しないのか」
「嘘を付いたところでどうにもなるまい。そもそも治療にはジオンの医師が監視している。そのような状況で、
我々に何が出来る!?」
「なるほど。では、ジオンの医師がやった可能性は?」
「さあね、私は監視される側だ。彼らの行動は逐一把握していないよ」

 ミハイルは料理を口に運びながら言う。

「それとあらかじめ言っておくが、嘘の証言はするつもりはないからな」

 その言葉を聞くとマ・クベは席を立った。これ以上、ミハイルから得られる情報はないと判断したのだ。

「会計は私が払おう。ゆっくり鍋を楽しむといい」
「全く食べていないな。口に合わないのか?」
「いや、中々のものだ」

 ニヤリと笑うと、マ・クベは店を出ようとした。その矢先、ミハイルが興味深い言葉を投げ掛けた。

「中将閣下、一つ面白い事を話してやろう」
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               *     *     *
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 プラントを離れたマ・クベは、ミハイルから聞かされた内容を考え込んでいた。

『患者が亡くなる前日、警備体制の確認にエンツォ大佐がやって来た』

 この事実は勤務記録にも記述されていた。一見すればエンツォがキシリア暗殺に関与している事を示唆して
いるのだが、彼は警備体制の指示のみでキシリアの部屋には入室していない。可能性として考えられるのは、
監視役の医師に暗殺を指示した事だが、憶測の域を出ない。
 その医師の名前も記録には明記されておらず、言葉を交わしたミハイルさえ名前は知らないという。彼らは
日替わりで交代していたので、親しい関係は気付けなかったそうだ。

「唯一分かるのは、医師がコーディネイターである事か」
「難しい顔をしておりますな。プラントは楽しめなかったので?」

 自分の呟きが聞こえたのか、プロホノウが心配そうに話しかけてくる。失言だと思ったマ・クベは、話題を
逸らすべく海鮮ジョンゴル鍋を話題に出した。

「あの鍋はダメだ。食材が全て冷凍モノを使っている」
「地球通のマ・クベ殿には物足りなかったと?」
「オーブで取れ立てを食したが、あれとは雲泥の差だ」

 苦笑するマ・クベにプロホノウも納得する。そして、もう直ぐヨーツンヘイムがオデッサ上空にたどり着く
事を話した。

「分かった。ご苦労だったな、プロホノウ船長」
「いえいえ、軍属に戻される前に、貴方を……」

 だが、彼が言葉を続けようといた時、警報が鳴る。何事かとプロホノウは副長に連絡を取る。

「艦長、大変です!」
「副長、何があった!?」
「連合が休戦を破棄しました!」

 その報告の意味するものは明らかだ。独立戦争の再開である。それは2人にとって、今後を左右する重大な
問題であった。

「直ぐブリッジに行く。……中将、失礼ですがコムサイにお乗りください。オデッサ上空に到着しだい、突入
させます」

 正規の手順ではないが、この状況下ではそうは言っていられない。アルテミスから艦隊が来る可能性がある。
MSを搭載しておらず、大した武装のないヨーツンヘイムでは、あっという間に沈められてしまうだろう。
 プロホノウは急ぎ早に客室を後にすると、マ・クベも彼の指示通りにコムサイに向かった。

「これは偶然か、それとも……?」

 キシリアの葬儀が行われたと同時に連合が戦争を再開する。マ・クベは、とても偶然とは思えなかった。
.
               *     *     *
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 連合とジオンが戦争の道を突き進む中で、プラントの元首都アプリリウスでは、クルーゼが旧友との会話を
楽しんでいた。

「それで言ってやったんだ。『我々は歌姫の騎士団!』とな」
「なかなか板についてるじゃないか」

 ワインを注ぎながらギルバート・デュランダルが言った。

「正義の味方という役柄がね」

 クルーゼは注がれたグラスに口をつけ、少しだけ飲む。

「そうでもないさ。我々は戦争を行える状況には至っていない」
「しかし、ザビ家の暗殺は成功したろう?」

 問い掛けに、クルーゼは不敵な笑みで答えた。キシリアを暗殺したのはクルーゼであった。当然の事ながら
歌姫の騎士団には知らされていない。
 彼がキシリア暗殺を実行したのは歌姫の騎士団の方針の所為であった。歌姫の騎士団はセンセーショナルな
登場を演出したが、その活動内容は汚職や密輸といった犯罪レベルの摘発に終始している。プラント解放戦線
の残存兵を吸収したとはいえ、総戦力は連合どころかジオンとも比べられない。しかし、戦力を充実させたと
しても、ジオンと正面から戦う事は不可能だ。
 ならば連合とジオンを争わせ、漁夫の利を得るほうがメリットは高い。マルキオは即座にこの案を採用し、
ジブリールを焚き付ける工作を計った。
 ところがクルーゼにしてみれば、現状での戦争再開は望ましくなかった。連合は戦争を行えるだけの戦力を
準備したが、ジオンは準備を終えていない。新型ザク、グフの量産は万全ではないし、摂取したジェネシスは
未だソロモンで取り付け作業の真っ最中である。
 これでは連合側が一方的に勝利してしまい、総力戦争をエスカレートさせて双方を共倒れに追い込むという
自分の目論見は露と消えてしまう。
 そこで考え付いたのがキシリア暗殺であった。

「よく上手くいったな。危険な賭けじゃなかったかい?」
「ギレンがキシリアをヒロインにする可能性は高かった」

 あれだけキシリアの印象を操作すれば、生かすにせよ死なすにせよ士気高揚に利用するのには十分だった。

「戦力充実とはいかないが、これで士気は上がっただろう」
「君はカオスの権化だな。しかし、その考えには一つ穴があるぞ」
「……?」
「元ザフト兵は士気高揚には至らない」
「それは些細な事だ」

 ワインが空なのに気付くと、冷蔵庫からジャンパンを持ち出した。

「おいおい、私の酒を勝手に飲まれてはこまるな」
「フッ……それも些細な事だよ」