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Zion-Seed_51_第二部第25話

Last-modified: 2009-05-06 (水) 23:39:47

 欧州での戦火が着々と広がりつつある中で、東アジア共和国の日本地区が独立を宣言した。
 東アジア共和国は、技術力は低いが人海戦術を得意とする陸軍大国である。普通に戦えば、島国の日本では成す術がないと考えられていた。東アジアに併合されてからは多くの技術者がオーブに亡命し、技術立国日本の姿は昔ほどではなく、勝てる要素など皆無だったからだ。
 ところが、独立を抑えるべく向けられた北海艦隊は日本軍に完敗する。逆に黄海に侵攻し、上海を制圧してしまった。ジオン公国から提供された水中用MSが東アジア共和国軍を圧倒したのである。
 東アジアへの技術提供は戦争初期から進められていた。陸戦型ザクやゴックといった旧式MSの提供とMSパイロットの育成、そして資金・技術の援助まで行った。おかげで日本は一地区とは思えない大戦力を得て、反抗の狼煙を上げたのである。結果的に東アジア共和国はジオンとの戦争どころではなくなってしまった。
 上海を制圧した指揮官の小島二佐は、臨時司令室で事務処理を行なっていた。

「パッカード准将の作戦通りになったな。まぁ、これだけの人材を集めれば当然か」

 自分に宛がわれた部隊の名簿を見ながら呟いた。そこに書かれた名前は、何れもMS訓練で好成績を上げた人物で、ノリス・パッカード准将が直々に鍛えられたパイロット達で、これだけの兵士はジオン軍にもそうはいないと言われるほどの実力者であった。

「失礼します」

 やって来たのは八島未来三尉だ。八島重工の令嬢という肩書きを持つ彼女を小島は苦手にしていた。

「どうした。報告書は既に受け取ったが……」
「グフを新たに2機配備してほしいとの要望が出ました」
「グフを2機もだと?」

 グフは今でもジオン地上軍の主力を占めるMSだ。日本にも幾つか廻されてはいたが数が少なく、この部隊にも1機しか配備されていない。それを2機も追加してくれとはどういう事か。

「天田一尉が、2名の隊員がザクでは能力を出し切れないと判断しました」
「鹿島二尉の他にもいたのか」
「浦木三尉と安室三尉です」

 グフは部隊で能力の高い者だけに割り当てられる。この部隊では鹿島悠が該当していた。小島は名簿を見て、2人の能力を確認する。両者とも高い能力を持ち合わせているが、そこまで高いものではなかった。
 本音は断りたかったが、仕方なく承諾した。この部隊を失うリスクは極力押さえたい。
 ジオン高官の女性と恋仲になった男をダシに使えば何とかなるだろう。仮にグフが駄目でもギニアス少将が開発していた新型ザクを試験目的で貰えるかもしれない。

「ふう、やれやれ」

 ちなみに部隊名簿に書かれている面子は以下のとおりである。

[天田四郎、鹿島悠、浦木光、保正流、安室零、紫電海、小林隼人……]
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――――第2部 第25話
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 戦争の再開は諸国に影響を与えた。中立国の筆頭であるオーブは軍総出で警戒態勢を取っていた。オーブは今も中立国を名乗っているが、立場的にはジオンよりだ。対応を誤れば、連合の侵攻があってもおかしくない。ジオン地上攻撃軍としてもオーブを失うのは、太平洋の要を失うのと同様であった。
 そこでジオンは親衛隊のラル隊と水中部隊のマッドアングラー隊をオーブに残した。特にマッドアングラー隊は水中用MSを有していないオーブにとって重要な存在であり、その高性能を目の当たりにしたサハク家がライセンス生産を望む程であった。
 そんなオーブに残っていたランバ・ラルは、とある難題を如何にして解けばいいか悩んでいた。

「姫様、そろそろ木馬から降りられるべきかと思いますが……」
「私の事はいいから、兄さんの居所を教えなさい」

 発端は欧州において親衛隊の力が必要になり、ラル隊に帰還命令が出た事だ。その命令事態は悩むべき事ではないが、ラルにはセイラを除隊させるという使命があったのだ。セイラ自身は戦死の扱いを受けているので軍人ではないのだが、本人はアークエンジェルに留まると固辞しているのである。

「私はこれからジブラルタルに戻らねばなりません。キャスバル様の事はおってお伝えしますゆえ……」
「知っているのね。何処に居るのです?」

 ハモンの調査からキャスバルことシャアがギレン親衛隊に入ったのは分かっている。話の流れからダイクンの復讐を果たす為、ギレンへ近づいているのが窺える。

「……プラントです」
「プラント……」

 ラルとしてはキャスバルの居所を話すのは心苦しかった。だが、今を逃がせばセイラを説得する機会はない。今は納得できる情報を与えて、危険から遠ざける事を優先しようとする。

「兄は宇宙に居るのね」
「そうです。キャスバル様には私から伝えますゆえ、何とぞ木馬からの下船を……アレ?」

 しかしセイラはラルの説得を聞かず、場を去ってしまった。一人置き去りにされたラルはどうしたものかと途方にくれるのだった。
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               *     *     *
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 エリカはとある機体の調整を行っていた。MVF-01"ムラサメ"である。
 オーブは以前から制空権を確保する為のMS開発に力を入れてきた。その答えの一つがM1にシュライクを取り付けた換装MSであったが、航続距離と速度が不足しており、制圧力に不満があった。そこで考えたのが大気圏内での飛行能力と戦闘機型MAへの変形機構を有する可変MSだった。
 その飛行能力はM1以上に軽量化を行い、戦闘機形態への変形する事で、機動性、加速能力、航続距離などあらゆる点において高いレベルにある。武装はビームライフルやビームサーベル等の基本装備に戦闘機形態時のビーム砲や空対空ミサイルを備えている。これだけの高性能な機体は連合にもジオンにも無く、完成すれば高機動汎用MSと戦闘機の性能を両立した初めての機体となる。
 しかし問題もあった。高い運動性を追従するあまりに装甲が紙のように脆いのだ。しかも複雑な可変機構は、未だ試験すら行っていない状況である。

「そこで貴方の出番なのよ」
「嫌だ! 俺は乗らないぞ!!」

 そんなムラサメに乗せられようとしているのは、施設へ盗みに入ったシンであった。始めは渋々ながら協力する姿勢を見せていたが、ムラサメの全容を知ると手のひらを返した。まあ、変形するかどうかも分からない機体に好きで乗りたい奴はいないだろう。

「いいからこっちに来る」
「人権無視だ!」
「じゃあ、アカツキの費用を払ってくれる?」
「うぐっ!」

 エリカが笑顔で放った一言にシンは凍りついた。彼が盗もうとした"アカツキ"はシンの活躍で大破、膨大な開発費は泡と消えた。エリカにしてみれば許せるものではない。
 また、アカツキはシンの両親が開発に関わっていた機体で、言うなれば両親の形見のようのものでもあった。つまりシンは両親の形見をウズミに差し出そうとした挙句、大破させてしまったのである。後で事実を知らされたシンは絶句し、以後この話題には弱くなっていた。

「分かったでしょ。早速データ取りに協力してもらうわよ(ハート)」
「ううう……分かりましたよ……」

 肩を落とすシンにマユから交信が入る。

「お兄ちゃん、お弁当作ってあげたから頑張ってね~」

 シンの証言から、孤児院がウズミの援助下にあったと分かり、オーブ政府は公安を派遣した。総動員で探索したがウズミは見つからず、手伝いのカリダも知らぬ存ぜぬで通していた。孤児院はそのまま経営される事になったが、シンの心情としてはマユを残したくはなかった。
 そこでマユには、両親の知り合いの伝でシンがモルゲンレーテで働けるようになり、社宅にも住めると言い、孤児院から引き取ったのだ。

「じゃあ。行って来る」

 そんな妹の為と自分に言い聞かせ、シンは恐る恐る離陸態勢を取るのだった。
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               *     *     *
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 ナタルはアークエンジェルの艦長室で、ここ数日の報道に目を通していた。新聞からネットまで、あらゆる媒体のメディアが机の上に置かれている。
 そこに扉を叩く音が聞こえ、入るよう言うと、マリューが入ってくる。

「ゴットフリートの修復が完了。モルゲンレーテの協力で火力が10%上がったわ」
「当面の見通しはどうです?」
「2時間後にローエングリンの威力調整。それが終わったら潜水機能の実験が行なわれる予定。後は、推進力向上にエンジンを改造……と、その前に食事をしたいわね」
「私は結構です。暇が無いので……」

 不満な顔をするマリューにナタルは弁明する。

「ここ数日間の連合とジオンの動きを見ているのです。ニュースしかありませんが、大体の流れは分かります。欧州の一大攻勢から、東アジア諸国の反乱まで……」

「それで?」
「ジオンにとって、このタイミングでの戦争再開は想定外だったようです。欧州の戦闘は全てが後手に回っている。戦線を徐々に後退させているのでオデッサ作戦と同様の手を打つつもりでしょうが、連合も無理な進行は行なっていません。時間は掛かりますがオデッサ奪還は可能でしょう。問題は東アジアで、このまま内乱が続くのなら、ジオンの相手どころではなくなります」

 語るナタルの姿に笑みを浮かべるマリュー。

「何がおかしいのです?」
「いえ、別に」
「ニヤついています。おかしなことを言いましたか?」
「貴女はまだ軍人なのね」
「え?」
「私達は、言わば死んだも同然なのよ。そうでなくても脱走兵と同じ扱い、それなのに貴女はまだこの戦争を、連合軍人として気にしている」
「……覚悟はしていました、こういう日が来ると……」

 士官学校を出て、アークエンジェルに乗り、成り行きで艦長になった。ザフトとジオンの追撃を振り切り、オデッサで敗北。プラントが敗北するとザフトの残党狩りを行ない。そして後に待っていたのは脱走兵の汚名。
 しかし戦死扱いだろうと、脱走兵扱いだろうと、ナタルは自分が連合軍人としての自覚があった。模範的な軍人になろうとしていた彼女にとって、この状況はもどかしさしかない。

「私はこれからの事について考えていました。身を隠し、アークエンジェルを直す。そして我々に着せられた汚名を返上する……。でもどうやって? サザーランド少将を頼って連合に投降する? それとも一生オーブ に隠れ住む? 散々考えたけど、だめです。考えはまとまりません」
「いい方法があるわ。名前を変えて、皆で人生をやり直すの。アークエンジェルはジャンク屋が引き上げた事にして、傭兵業でも開けば完璧」
「アークエンジェル傭兵団ですか。面白そうですが、私には似合いませんね」

 和んだところでナタルの肩に手をやり、マリューが答える。

「私が付いているわ。一緒に立ち向かって、正しい決断を下しましょう。貴女は独りじゃない」
「ありがとうございます」
「こういうときは神様に祈りましょうか。無意味だけど気が紛れるわ」
「本当にそうなれば良いのですが……」

 宗教が廃れたとはいえ、大西洋連邦では聖書などが道徳教育に使われていた。偶には2人も宗教というものにすがりたくなるときがある。
 ナタルはマリューの考えに苦笑するが、直ぐに真面目な顔に戻る。

「でも、待ってください。もしも……」

 ナタルはまったく別の手段を思いついてしまった。

「もしも神に祈るのではなく、悪魔にすがったら?」
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               *     *     *
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 ナタルは早速アークエンジェルの上級士官を会議室に集め、自分の考えを述べた。

「それはどういう意味です!?」
「そのままの意味だ。我々はジオン軍、正確にはジオン地上攻撃軍と同盟、というより取引をする」

 ナタルの言葉に、マリューを除いた誰もが驚愕する。
 この場に居るのは艦長のナタルに、副長代理マリュー・ラミアス大尉、操舵手アーノルド・ノイマン中尉、CIC担当ジャッキー・トノムラ少尉、電子担当ダリダ・ローラハ・チャンドラ少尉、通信担当ロメロ・パル曹長、そして整備班コジロー・マードック曹長の7人だ。皆正規の訓練を受けてきた軍人である。その彼らに、戦争中のジオンと同盟を結べとナタルは言う。

「反対です。今まで戦ってきた敵ですよ!?」

 トノムラの発言にチャンドラやパルも頷いた。

「何の為にジオンと組むのです!?」
「そうです。意図が見えません!」

 確かにザフト残党を討伐する為に地上攻撃軍と共同作戦を行なった。脱走兵となった自分達を助けてくれた恩もある。しかし、それは休戦中の出来事で、今は戦時下である。自分達は、拘束されることなく自由を得てはいるが、捕虜に近い立場だ。
 そんな状況でジオンに手を貸すなど誰も考えられなかった。しかしナタルは言う。

「考えてみろ。何故ジオンはオーブを使って我々を助けた」
「アークエンジェルの技術が欲しかったのでは? PS装甲にラミネート装甲、後はローエングリン。どれもジオンには無い技術です」
「それならモルゲンレーテにデータが残っている。わざわざアークエンジェルを助ける必要は無い」

 付け加えれば、ジオンはヘリオポリス崩壊後にブリッツをザフトから奪っているし、オデッサ作戦において105ダガーが鹵獲された噂もある。オーブの事を含めれば、かなりの確率で連合の技術を得ているだろう。

「つまり、ジオンが私達を助けた意図は別にあるという事だ」

 繋げるようにマリューが答える。

「ジオンの狙いは技術じゃない。だったら何故私達を生かしたのか……」
「それを探る為に取引を?」
「そのとおりだ」

 ナタルは席から立ち、皆に語りかける。

「我々の状態を見てみろ。何なんだ、これは!? 死んでいないのに戦死扱い。しかも拘らず脱走兵の汚名を着せられ、オーブの小島に隠れている。更に言えば、その気になればいつでも殺せるジオンは、我々を生かしている!」

 息をつき、それぞれの顔を見渡す。

「我らは生かされているんだ。この現状を打破する為にも、今は行動すべきときだ!」

 ナタルもよく考えた上での言葉だった。サザーランドを頼っても、少将でしかない彼に何ができるか疑問だ。間違いなく銃殺刑にされる。かといってオーブに居ては何の変化も無い。

「皆がどう思っているかは分からないが、私は今も自分が連合軍人であると考えている。だからジオンと組むのは抵抗がある。うまくいく可能性は低いだろう。しかし、事態を打開する為には死中に活を求めるしかない」

 皆はしんと静まり、ナタルを見ていた。
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 その後も議論は紛糾したが、結局皆は承諾することで幕を引いた。他のクルーに対しては、明日にでも話すつもりだが、それ以前に確認を取らなくてはならないメンバーがいた。オーブ組である。
 ヘリオポリスからオーブに至るまで、彼らは何度と無く退艦できた。しかし、それぞれ各自の思いもあってアークエンジェルに残っていた。このままアークエンジェルに留まる事が、彼らにとって良いのか悪いのか、判断がつかなかった。もちろん本音は、MSパイロットであるキラとトールは残ってほしい。

「それで、どうするの?」
「とりあえずマス伍長を通して話そうと思います」
「そうね。彼女は落ち着いているし、他の3人を説得できるかもしれない」

 何よりジオンと組む事が最大の問題であった。サイを殺され、カガリが決起する切っ掛けを作ったジオンだ。印象が悪いのは手に取るように分かる。特にトールはサイの死に責任を感じている為、どんな行動に出るのか予想がつかなかった。
 その点、セイラは分別を持った大人だ。医者の卵だからか人を落ち着かせる術も知っている。ナタルも彼女を信頼していた。尤も、アークエンジェルに残る理由が良く分からないが。
 セイラに事情を話すと快く引き受けた。彼女はジオンと共闘するのは肯定的で、むしろ自分から同盟の話を持ち出すつもりだったらしい。早速ラルから得た情報を話す。

「そうか、欧州ではジオンが押されている。少しでも戦力が欲しいのね」
「疑うつもりは無いが、そんな話どこで知った?」

 納得するマリューに対し、ナタルは懐疑的な視線を向けるが、

「立ち聞きしたのよ。それよりも彼らと話をしましょう」

 慌てて話を逸らすセイラに、ナタルもオーブ組が先だと意識を傾けた。
 キラ達を艦長室に呼び出す。キラとトール、少し送れてミリアリアがやってきた。ナタルはこれからの事を単刀直入に話す。

「反対です!」

 案の定、トールが噛み付いた。

「何だって共闘しなきゃならないんですか。連中はサイの仇ですよ。休戦中ならまだしも、戦争が始まったのなら別です!」
「仕方の無いことだが、現時点において一番ベターな選択だ。納得してもらう」
「納得できません!」
「だったら、艦を降りる?」

 セイラの言葉にトールは言葉を失った。

「この件は強制じゃないの。納得できないなら退艦してもいいのよ……。貴方達はどう?」

 言葉を失うトールを無視し、セイラはキラとミリアリアに問う。

「僕は、艦長の判断に賛成です。今のところ、他に選択肢はありませんから」
「私も同じです。このままオーブに残れません」
「キラ、ミリィ! いいのかよ、それで!? サイが殺されたのを忘れちまったのか!!」

 声を震わせるトールに、キラは説得するように言う。

「トール、僕もサイの事は忘れてないよ。ジオンを憎んでないと言うと嘘になる。でも、それで拒んで歩みを止めたら後悔すると思うんだ」
「どういう事だ!?」
「サイが言ってたじゃないか、ヘリオポリスが襲撃された時からオーブは、いや、僕らはこの戦争に関わってしまったんだって……」

 トールははっとしてキラの顔を見た。

「僕はこの戦争が何で起きたのか、そして戦争が終わったときに何を得られるのか知りたくなった。ジオンとの同盟は納得してない。けど、ここで艦を降りたら何でサイが死んだのか分からなくなるじゃないか。だから僕はアークエンジェルに残る」

 キラの言葉に心が揺らぐトールであったが、自分でもどうすればいいのか分からず、部屋を飛び出して行く。後を追おうとするミリアリアを制して、セイラが追った。
 飛び出したトールは、自然とシミュレーションルームに向かった。サイが戦死してからというもの、一日の大半をそこで過ごした癖なのだろう。拳を壁に叩き付け、キラの言葉を思い出す。

『ここで艦を降りたら何でサイが死んだのか分からなくなるじゃないか』

 トールはあの言葉に反論する事はできなかった。確かにここでナタルの提案を蹴って、退艦するのは簡単だ。だがそれは、自分が民間人に戻る事を意味する。サイの仇を討つには傭兵にでもなるしかない。
 そもそも彼は、今日までMS戦を中心に訓練しており、白兵戦には興味を示さなかった。正規の軍人ならばMSが無くとも傭兵としてやっていけるだろう。しかしトールは、現実にはMSが無ければ戦えない。サイの敵討ちは退艦した時点で終了である。それはトールも理解している。
 だが、頭では理解していても感情が許さない。サイを殺した兵がジオンにはいるのだ。そいつと肩を並べて戦うのは抵抗がある。

「悩んでいるようね」

 振り向くと部屋の入り口にセイラが立っていた。

「そんなにジオンが憎いの?」
「当たり前ですよ。サイは良い奴だったんですよ。皆のまとめ役で、色々気遣ってくれて……。俺がミリィと付き合うきっかけを作ってくれたのもサイだった。それをジオンが!」

 セイラに問われ、感情の赴くままに答えるトール。

「よほどジオンが嫌いなのね。なら、ランバ・ラル隊の人達も嫌い?」
「それは……」

 ラル隊は共同戦線を取ったときに世話になった。

「正直に言えば、嫌いじゃない。でも、あの部隊がサイを殺したかもしれないんだ。好きにはなれません」
「じゃあ私のことも好きになれない?」

 突然、セイラが突拍子もないことを言い出す。告白と早合点したトールは頬を赤く染めた。

「な、何を……?!」
「私はジオン出身なの」

 トールは驚き、あからさまに動揺した。今まで一緒に戦ってきた女性がジオンの出だと言ったのだ。

「もっと教えましょうか? アルテイシア・ダイクンというのが私の本名よ。ジオンから地球に逃亡してからセイラ・マスで通しているのだけど……。面白いでしょ?」

 ダイクンという苗字はトールでも知っている。ジオン公国の前身、ジオン共和国を建国した男だ。もし本当なら、これは他人に聞かれていい話ではない。
 トールは動悸が激しくなり、目を白黒させる。そんな姿を見つめていたセイラはクスクスと笑い出した。

「騙されたわね。作り話よ」
「な、何だ……冗談ですか……」
「でも、ジオン出身というのは本当の話」
「!?」
「ダイクンが亡くなり、ザビ家の独裁体制になってから世界樹に逃げたの。暫くは静かに暮らしていたけど、母が心労で倒れてね。私には兄がいるのだけど、母の死を皮切りにザビ家へ復讐する為に出ていったわ。もう、何年も会っていない」

 僅かに悲しそうな表情をするセイラ。

「……貴方は、私の兄と同じ道を進もうとしている。それが悪いとは言わないわ。でも死者の事ばかり考えていては、残された人が置き去りになるのよ」

 トールは恋人のミリアリアを思い浮かべる。最近、彼女と話す時間が少なくなった。仲が悪くなっていた訳ではないが、自分の手から離れていく感覚を得ていた。今思えば、自分が訓練に明け暮れ、彼女をお座なりにしていたのが原因かもしれない。

「そうかもしれません。ミリィが離れていく気がするのも、俺のせいですね」
「分かっているなら、彼女のところにいきなさい。そして自分がどうしたいのかを話し合いなさい。貴方にはかわいい彼女、それに大切な戦友がいるでしょう」
「は、はい!」

 トールは頷くと、シミュレーションルームから出て行く。残されたセイラは、その後姿をじっと見つめていた。
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               *     *     *
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 結局は、トールもジオンとの取引に賛成した。自分がサイの復讐に捕らわれ、周りを見ていなかった自分に気付かされたのだ。復讐心を取り除くのは難しいが、ミリアリアやキラ、それにナタルの事を考えれば、賛成するほかにない。
 他のクルーも座して待つより行動するべきとの方針を理解。最終的にアークエンジェルは一人の退艦もなく行動するのだった。
 翌日、ナタルはオーブを離れようとしていたラルに取引をしたい旨を伝えた。

「だが、木馬では些か目立ってしまう。連合に見つかったら面倒だ」
「それはご安心を。オーブにいる間、この艦を潜水航行ができるよう改良しました。そうだな、大尉」
「ユーコン級ほどの速度は出せませんが、隠密に行動する分には十分ですわ」

 ラルは警戒していたが、セイラが気がかりだったのか、共にジブラルタルを目指すのを承諾した。
 こうしてアークエンジェルはジオン地上攻撃軍総司令官ガルマ・ザビの下へと向かうのであるが、その前にひと悶着があった。モルゲンレーテが口を挟んだのである。

「御社の機体を貸し出す?」
「そうです。預けるのはMVF-01、通称ムラサメ。パイロットはこちらからお出しします。指揮権も与えます。その代わりに機体の実戦データを収集してほしいのです」
「何故我々がそんなことをしなければならないのですか?」

 エリカは微笑みながら問い返した。

「大天使を改造するのにどれだけの予算が掛かったとお思いです?」

 ナタルは隣で知らん顔をするマリューにゆっくりと視線を向けた。

「何なら、立て替えてほしいところなのですが?」
「…………喜んでお受けいたします」
「ああ、それから、機体はできるだけ傷つけないでください。データの紛失は以ての外ですので(ハート)」
「……………………努力します」
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               *     *     *
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「あー、もう。冗談じゃないぜ!」

 地獄のフライトから生還したシンはエリカから1日の休暇を与えられた。突然の休みに喜んだシンだったが、いきなり休めと言われても予定など入れていない。
 マユと何所かに出かけたかったが、今は学校の時間だ。シンの場合は働きながらなので通信教育なのだが、だからと言ってせっかくの休日にまじめに勉強するのはごめんだった。
 そうなると、結局は社宅でゴロゴロするしか選択肢が無い。

「クソッ。あのオバサン、今に見てろ!」

 エリカへの仕返しをアレコレ考えていると、腹の虫がなった。もう昼だ。

「あ、そうだ。マユが作ってくれた食事があったんだ。チンして食べるか」

 こうしてシンは、自分がレンタルされたとも知らず、せっかくの休暇を無駄に過ごすのであった。