Top > Zion-Seed_51_第37話
HTML convert time to 0.018 sec.


Zion-Seed_51_第37話

Last-modified: 2007-11-19 (月) 17:48:59

 オデッサより撤退する連合軍の中にアークエンジェルの姿はなかった。コープマンからの命令で殿を務める
べく、今は第1軍の遥か後方を漂っている。当初はドミニオンも参加する筈だったが、これ以上無理をさせる
必要はないのでハンニバルに追従する形をとっている。
 あの欧州方面軍との戦闘状況から見て追撃は皆無である。とは言え、与えられた役割を果たしたいナタルは、
万全を喫する為にドミニオンからデュエルダガー1機借りており、それに伴いナタルとマリューは戦力の見直
をするのだった。

「デュエルダガーはクリスが乗るとして、余ったスカイグラスパーはどうするの」
「フラガ少佐に乗ってもらいます。少佐のイージスは地上だと有効に使えませんから」
「そうね、あの機体は宙戦を想定したものだから。MS形態だとスキュラも使えないし。でも……」

 セイラに手を出さないか心配するマリュー。
 ナタルはそんな気苦労に気付きもせずに彼女に聞く。

「なにか気になることでも?」
「……え? ああ、その……通信・分析能力は高いから」
「確かにセンサー類は一番信頼できますからね」
「でも、航空戦力を削るのも……。こればっかりは艦長の状況に応じて使うしかないわ」
「そうさせてもらいます」

 きびきびと応えるナタルの姿に、マリューは微笑みながら彼女を見つめる。

「どうしました?」
「艦長らしくなったわね」
「は?」
「後は上官らしい振る舞いね。私や少佐に気を使う必要はないのよ」
「し、しかし、大尉は先任大尉ですし、少佐は少佐ですし……」






―――第37話






「キラは20以上か。やっぱ桁が違うな」
「でも二人のほうがスゴイよ。サイなんてイメリア大尉を助けてるし」
「おっ? なんだなんだぁ?」

 これまでの戦闘データを解析していたキラ達にムウとジャンが近寄った。

「撃墜スコアの確認か? どれどれ……」
「前の戦闘と合わせて5機以上撃墜しましたよ! これで僕もエースですよね」

 自慢げに胸を張るトールだったが、ムウは首を傾げながら言った。

「いや、こりゃあダメだな」
「……え?!」
「共同撃墜は0.5で計算するんだ。そうなるとトールは……3.5機、サイのほうは4機だ」
「どうやらトール君よりサイ君のほうが出世しそうですね」
「そ、そんな……」
「ジャン・キャリー中尉!!」

 和気藹々とした中の声に場の全員が振り向いた。そこには鋭い目つきで彼らを睨んでいるレナの姿がある。

「ちょっと話があるの」

 彼女はジャンの手首を掴まえると、否応なく彼を連れて行った。その光景にキラ達は唖然としているが、
ムウは何かに気づいたように眉を顰める。
 一体何があったのか理解できないでいるキラは、前から疑問に思っていたことをムウに話した。

「あの、イメリア大尉はブルーコスモスなんですか」

 キラは1ヵ月訓練中、レナから幾度もシゴキを受けていた。罵声を浴びせられることも決して少なくなく、
サイとトールの支えもあり訓練を乗り切ることができたが、側から見れば陰湿ないじめとも取られるそれは、
キラの精神をズタボロにしたのは間違いない。
 この仕打ちにキラは一瞬、レナはブルーコスモスではないか、とも考えていたが、サイとトールも同様の
シゴキを受けていたので、その時は違うと判断した。
 しかし、ジャンがアークエンジェルに来てから彼女は変わった。彼女は常にジャン厳しい目を向けている。
まるで監視しているような姿に、キラは過去の疑念を思い出した。

「いや、彼女はちょっと訳ありでな」

 ムウは少し考えると、レナの過去について話し始めた。






「一体どういうつもり」
「なにか大尉の気を触ったものでもありましたか?」

 人気のない格納庫の隅で、2人は言い合いを始めた。

「貴方の不殺主義のことよ」
「大尉も……ですか」
「その様子から、前の上官にもウケが悪かったみたいね。当然よ」

 前述したが、ジャンの戦い方は敵機の戦闘能力を奪うに止めてパイロット達を極力殺さないものだ。そんな
不殺と呼ばれる戦闘スタイルを、上官が好意的に受け止めるなどありえない。
 特にザフトとの戦闘における不殺行為は、同族を守る行為ではないかとブルーコスモス派の軍人から槍玉に
上げられることも多い。

「……しかし、私は戦いが次の戦いを生み、連鎖していく過程を見た。それならば私の戦い方が憎悪の連鎖を
断ち切る事が出来ると信じて……」
「随分な自信ね。さすがコーディネイターだわ!」

 レナは珍しく私情を挟んだ。彼女はコーディネイターとの紛争で弟を亡くしている為、コーディネイターに
対して強い憎しみと殺意、そして差別意識を抱くようになっていた。
 それでもレナは公私は分ける女性だが、ジャンの返答は彼女の神経を逆なでするのには十分だった。

「思い上がりもいい加減になさい! 軍は貴方の都合で動いてはいないのよ。自分勝手な自己満足の所為で、
作戦に支障が出たらどうするつもり!?」
「そんなことはありません。事実……」
「今までは大丈夫だった? 冗談じゃないわ!」
「……大尉の過去は私も知っています。だからといって私にあたるのは筋違いです」
「何が言いたいの……?」
「私も両親をS型インフルエンザで亡くしています。大尉だけが不幸なわけではありません!」
「ジャン!」

 レナは壁にジャンを押し付ける。そして彼の襟元に掴み掛かった。ジャンは動じず、じっとレナの目を直視
している。気まずい間が漂う……その時だった。

『敵戦闘艦接近中! 第二種戦闘配備。総員配置に付け! 総員配置に付け!』

 けたたましい警報とアナウンスに仕方なく手を放すと、レナはジャンの今後を暗示するような言葉を放った。

「覚えておくことね。貴方の考えは何時か味方を殺すことになるわよ」






 シーマ海兵隊の旗艦であるリリー・マルレーンは、ザンジバル級巡洋艦の中で最新鋭艦だ。宇宙艦というより
航空機に近いフォルムを持つ。MS搭載数は、今までのザンジバル級が最大8機に対し、12機まで搭載できた。

「……んふふ。せいぜい慌てておくれ。派手にドンパチを楽しもうじゃないか。ねえ」

 艦橋後部で派手なソファに身を沈めるシーマは、扇子を弄びながら楽しそうに呟く。ソファには、保護条約
で捕獲禁止されているホワイトタイガーの毛皮。その上にふんぞり返るシーマは、同様に獰猛な猫科の野獣を
想起させる表情を浮かべる。

「敵艦、距離5300。主砲射程圏内に入ります!」
「さっさとぶっ放しちまいな! 06隊はどうなってる!?」
「全機発進終了しやした!」
「よし。……いいねえ。こういうときじゃないとコーディどもを使う機会がないからねえ」
「敵速35。距離5000。主砲発射用意!」

 コッセル艦長の号令に、シーマは手にした扇子を高く振り上げた。






「敵艦発砲! メガ粒子砲、来ます!」
「こちらも応戦するぞ。ノイマン、回避は任せる。ゴットフリート発射後、MS隊の発進を!」

 アークエンジェルのカタパルトが展開する。敵の航空戦力が確認できない為、先頭に出てくるのはムウの
乗るイージスだ。

「相手はザクの改良型だ。楽な相手だが油断はするなよ、キラ」
「了解です」
「後ろの二人も同様だ。直衛にはレナも付くから……」
「フラガ少佐。私は前衛にして頂戴」

 戦闘指揮はムウが執っていたのだが、珍しくレナが意見した。

「おいおい、今になって陣形を変えると……」
「前衛が私と少佐、ヤマト准尉。中衛はジャンとマッケンジー」
「いきなり言われ……」
「後衛はあの二人でも問題ないわ。既に2回も戦場を経験しているんですもの」
「だから……」
「いいわね?」
「………はい。判りました」
「少佐……」

 クリスはムウの姿を情けなく思うも、レナの威圧の恐ろしさを知るキラ達は押し黙るしかなかった。
 準備が整うと、随時MSが射出される。レナの言葉どおりストライク、イージス、バスターダガーの三機が
先行。そしてジャンとクリスのデュエルダガーが後方に位置する。サイとトールの105ダガーは艦上だ。
 支援隊形。艦前方に展開。敵と味方の主砲軸線に入り込まないよう注意しつつ布陣を敷く。

「少し陣形が変わったがやることは一緒だ。艦正面3800に防衛線を張る。ただ、ストライクは一番足が速い。
もしもの時はお前が後方まで下がれ」
「判りました。……あ? 来た! ……敵だ!」

 深緑色のMSが迫る。MS-06FZ。通称ザク改と呼ばれる機体は、手にした90mmマシンガンを連射した。






 戦場はムウ達が優勢に進められた。大きな要因となるのがキラのストライクとムウのイージスである。
 キラはレナに課せられている訓練の効果が如実に現された。コーディネイターであることもあるが、やはり
ソンネンの生き様が彼の成長に影響を与えていた。今のキラは友人を守る為にどんな努力も惜しまなくなって
いる。そのおかげかエールストライクでの高機動戦闘は見事といえた。
 一方のムウも元からエースなので実力は言わずもがな。各機に指示を出しつつ、巧みな連携を取っている。
 更に両機はPS装甲。ザク改のマシンガンが当たったとしても損傷を与えられない。しかも、そんな所に
レナのバスターダガーが凄まじい弾幕を降らすのだ。相手からすれば絶望的な想いに架せられる。
 しかし、たとえそうであれザク改に乗るパイロットはコーディネイターだ。そして誇りあるジオン軍人でも
ある。高い身体能力と日頃の訓練で得た連携で一進一退の攻防をしていた。ただ一人を除いて……。

「冗談じゃないよ、あんな化け物が相手だなんて……」

 戦場から少し離れた森の中。その緑に同化するように、1機のザク改が隠れていた。

「しかもクリスの乗る“木馬”じゃないか……」

 バーニィは砂漠での出会い後、彼女の素性について調べていた。正確には、当時アフリカにいた連合軍に
ついてだ。そして判った事が、アークエンジェルこと“木馬”の存在である。一瞬ではあるが彼女に惹かれた
バーニィは、相手が“木馬”と判ると若干戦意を喪失していた。
 唯でさえコーディネイター(といってもクォーター)だという理由で担ぎ出されたのだ。ジブラルタル基地
を攻略した時点でバナディーヤに戻されるものと考えていた彼は、この戦闘は初めから乗る気ではなかった。

「とりあえず距離を取って、手頃な相手を捜すか……」

 そうしてバーニィのザク改は森の中を移動しつつ第一線を突破する。が、現実は甘くない。彼の目の前には
2機のデュエルダガーが立ちはだかった。






 そんなバーニィのマヌケな姿はリリー・マルレーンの作戦指揮用モニターで確認されていた。

「あの6番機のパイロットは?」
「バーナード・ワイズマン伍長でさあ」
「……帰ってきたら“おしおき”だねえ」

 言いながら、束ねた扇子をさかんに手のひらに打ちつける。彼女の姿にコッセルは胸の前で十字を切った。
戦闘終了後、バーニィに振りかかる“おしおき”がどのようなものか。それを知るのはシーマだけであった。

「しかし、それを差し引いても何だい。あれくらい正面から突破できないのかい。ええい、歯がゆいねえ。
見ちゃいられないよ!」

 そうは言っても酷な話である。シーマは知らないが、今彼らが相対しているのは連合が粋を集めたG兵器に、
エース達だ。如何にジオン軍人が優秀であっても、如何にコーディネイターであっても突破は容易くない。
 それにG兵器のPS装甲に対抗するにはビーム兵器を用いるしかない。後はバッテリを消耗させるだけだが、
その事実をシーマは聞かされていなかったのである。
 元々シーマの所属するアフリカ方面軍は対ザフトの最前線だった。バナディーヤ、そしてジブラルタル基地
と連戦していた状況もあるが、その為に連合のMSに関係する情報伝達が他の軍勢より遅れていた。
 眼前のモニターには5個の光点が先ほどから同じ場所を右往左往している。敵防衛線を突破出来ない現状に
嫌気が差したのか、手のひらに打ちつけていた扇子の音が止む。シーマは無言で立ち上がった。コッセルが、
彼女の姿を見るなりオペレーターに命じる。

「シーマ様のMSを! 護衛機の準備!」






「新たな敵MS、戦闘区域に接近! 3機です!」
「おそらくは指揮官機だな。フラガ少佐に……」
「ダメです。抜かれました。新手の3機、高速で本艦に接近中!」
「何!?」

 ロメロの報告にナタルが驚きの声を上げ、艦橋にいる全員が息を呑んだ。
 3機のMSは第二線をも突破、一直線にアークエンジェルに迫っている。直衛はサイとトールのみ。事態は
一瞬にして最悪の方向へと転がりつつあった。
 ナタルはミリアリアにキラを呼び戻す様に命じた。ミリアリアが必死にキラを名を叫ぶが応答がなかった。
この時の通信はキラの耳に届いていた。キラは救援に向かおうとするが、敵機がそれを察知して妨害している。

「くっ! ならばキャリー中尉に……」
「バジルール艦長。ケーニヒ伍長が前に出る許可を求めてきてます」
「何を言っている! 新兵には無理だ!」

 その声にトールがすぐさま反応する。

「行かせて下さい。やれます!」
「ダメだ! ケーニヒ機は艦上で待機!」
「敵機、視認できました。モニターに映ります!」

 映し出された映像には2機のドムが指揮官機に随伴していた。彼女の乗る機体もまたドムだが、よく見ると
細部に至るデザインは全く別物である。カラーリングも黒ではなくブラウン系の彩色を施していた。

「機体照合確認。オデッサでも同様の機体を確認しています」

 ドムが開発された一番の理由はバクゥ対策だ。しかし、バクゥはアフリカをはじめとする砂漠・酷暑地帯に
配備されている。そんな過酷な地域では、機体の消耗や故障が激しいことが当然予想され、派生型局地戦用機
の開発が行なわれていた。こうして開発されたのが、MS-09F/TROP“ドム・トローペン”であった。






 敵機襲来の報を聞いてキラは顔色を変える。アークエンジェルの直衛にはサイとトールが立っているのだ。
第2線を張るジャン達まで振り切ったとなると相当の手練れになる。だが、キラが援護に戻ろうとした矢先に
警告音が鳴り響いた。

「くっ……なに!?」

 ストライク目掛けて飛来するミサイルを頭部イーゲルシュテルンで撃ち落す。見ると後続の部隊らしい。
彩色のデザートザクが新たに3機。機体性能に差はあるが数の上では3対8、ややキラ達に不利だ。

「キラ、何とかして下がれないか!」
「そうしたいのは山々ですが……!!」
「ヤマト准尉、突出しすぎよ! 援護できないわ!」

 数の差による影響は明確に表れた。3機が取っていた連携が崩れ始めたのだ。今までこんなことはなかった
のだが、今日に限ってレナが前衛にいた所為で、互いの連携不足が露呈したのである。

「こんなことしてる暇なんて……!」

 デザートザクにビームライフルを放つが、それを回避して林の中に身を隠した。

「しょうがねえ。キラ、まとめて俺が相手するからお前は下がれ!」
「で、でも!」
「一人で3機相手するのも4機相手するのも変わらん。いいからいけ!」

 ムウが突貫することによりキラはストライクを後退し始めるが、デザートザクは下がりだしたストライクを
見て僚機に合図を出す。

「そうはいかんぜ!」
「シーマ様の為にっ!!」

 イージスを無視してストライクを付狙う。パイロットの腕はコーディネイター兵ほどではないが、腐っても
シーマ海兵隊である。地形を利用しながら執拗な攻撃はキラを拘束していた。
 この手の打ち様のない状況でムウに助け舟が出た。

「フラガ少佐、アークエンジェルは私が援護します」

 ジャン・キャリーの通信である。その声は当に天の助けで、ムウは二つ返事で了承した。






 トールはアークエンジェルの甲板で懸命に105ダガーを操っていた。既にドム・トローペンは確認している。
遠距離からの狙撃は幾度も行っているが、ドムの高機動に狙いが定まらないのか命中弾が皆無だ。サイでさえ
当てることが出来なかった。

「ダメだ。速過ぎて狙いが」

 サイの焦りの声にトールは意を決した。トールは105ダガーに装着しているライトニングパックを解除する。
ライトニングパックは高出力のビーム砲が撃てるが機動性を犠牲にするからだ。携帯していたビームライフル
とシールドを構え敵機を見た。

「サイ、援護頼む」
「何言ってんだ?!」
「このままだとアークエンジェルが危ない。俺の腕じゃ狙撃は不可能だ。だったら……!」
「自殺行為だぞ!」
「それでもやるしかないだろ!!」

 叫びながら飛び出したトールはトローペンにビームライフルを放つ。戦場を経験しているといっても、彼は
艦上からの援護のみ。本格的な近中距離間戦闘は初めてだった。それでもトールは恐怖を感じなかった。初陣
では震えていた手が今は止まっている。その狙いは正確で、シーマも105ダガーの動きに目を見張った。

「へえ、腰抜けの連合兵とはいえ、やるじゃないか」

 シーマにして見ればトールの動きは満足のいくものでは決してない。しかし、途中にいたバーニィのザク改
があまりにも無様な姿を晒していたので比較対象として褒めただけである。彼女の目には教科書どおりの動き
をするおいしい相手にしか見えなかった。

「やってやる。やってやるぞ! 新型のMSが何だ!!」

 105ダガーのライフルを華麗に避けながらトローペンが迫る。手には90mmマシンガンが握られているが余裕
のつもりか使うそぶりを見せない。距離が縮めるとシーマは片方の手でヒートサーベルを抜いた。格闘戦は
トールにとって不利である。慌ててトールもビームサーベルを抜こうとするが、シーマの機体が懐に飛び込み
ヒートサーベルを振るう。ギリギリの所で一撃を回避したが、ビームライフルが犠牲に切られてしまった。
 トールはライフル捨て、改めてビームサーベルを構える。追撃を行おうとするシーマだったが、サイの援護
射撃が窮地を救う。そしてジャンのデュエルダガーも救援に駆けつけた。

「ゴミが、さかしいね!」

 シーマは僚機にジャンのデュエルダガーとサイの105ダガーを始末するよう合図を出した。焦ることはない。
アークエンジェルは目の前の105ダガーを始末してからゆっくりと料理しようじゃないか。






 ジャンがアークエンジェルの救援に駆けつけた頃、第2線でクリスのデュエルダガーとバーニィのザク改が
手に汗握る激闘を繰り広げていた。

「うあああぁぁぁっ!!」
「逃げるなぁー!」

 逃げるザク改に追うデュエルダガー。互いに援護は無い。当に死闘である。

「な、なんなのよあのザク。さっきから逃げ回って……」

 クリスはもはや呆れ果てていた。まさかジオン軍人にこんなヘタレが居ようとは夢にも思わなかったのだ。
さらには乗っているのがバナディーヤで出会ったバーニィであるとも知らない。腕も機体も自分が上のようだ
が、ここまで逃げに徹しられると調子が狂ってしまう。

「俺はこんな目に遭うため軍に入ったんじゃないぞー!」

 一方のバーニィは、泣きながらクリスの猛攻から逃げ回っていた。本来ならコーディネイターであることを
買われて現地工作員として働いていたのだ。それがいきなりジブラルタル攻略に駆り出されるばかりか、成り
行きでシーマにつき合わされている。

「ええい!」

 掛け声と共にビームサーベルが空を切る。クリスは周囲を確認しながらザク改を目で追った。また逃げ回る
のだろう。そうクリスは確信していた。が、バーニィが取った行動は彼女の予想を外していた。剣撃を避けた
その場に踏みとどまり、ヒートホークを引き抜いたのだ。

「ちくしょうー!」

 目に涙を浮かべ、構えた斧を振りかぶった。クリスも咄嗟の判断でサーベルを構えなおす。両者の攻撃は、
ほぼ同時に互いの機体を貫いた。デュエルダガーは頭から斧がめり込んで、ザク改の胴体にはサーベルが突き
刺さっていた。






「いい加減にどいてくれ!」

 キラは呻くがデザートザク3機は執拗にストライクを狙った。キラは少し向きになりながらライフルを連射
する。だが、相手はベテランの兵士だ。力押しで勝てるほど甘い相手ではない。自分が負ける相手ではないが
勝つことも難しかった。

「キラ、戻って! トールが危ないの!!」
「トールが……!」

 ミリアリアの悲鳴のような声が耳に入る。ザクのマシンガンを避けたキラはアークエンジェルを映している
サイドモニターに目をやった。ジャンは無事だ。サイもアークエンジェルの援護を受けて凌いでいる。しかし、
トールは違った。アークエンジェルの援護を受けているにもかかわらず、指揮官機にいいように弄ばれている。
まるで小さな子供が昆虫の手足をもぎ取るように感じた。

――死なせるものか……!

 そのとき、キラの中で何かが弾けた。

「どけえ! 僕はこんなことをしてる場合じゃないんだー!」

 迫るミサイルを最小限の動きで回避して、邪魔をするデザートザクに目掛けてビームライフルを正射した。
一撃は機体の胸部、コックピットを貫き爆散する。他の2機は僚機の爆発が信じられず動きが止まる。その隙
を突いてか、キラはビームサーベルを引き抜き敵機の懐に入り込む。そして反撃の時間すら与えることなく、
ベテラン兵であろうデザートザク3機を撃破してしまった。
 完璧なまでに隙のない動きにムウとレナは呆然となる。敵であるジオン兵も同様だ。

「坊主……おまえ……」
「アークエンジェルの支援に向かいます!」

 答える間もなくキラはアークエンジェルの方に戻っていった。

 トールの105ダガーを追い詰めるシーマのドム・トローペン。弄ばれている105ダガーをアークエンジェルが
援護するが事態は好転しない。艦橋では皆が焦りを浮かべて見守っている。

「ハウ二等兵、ストライクはまだか!?」
「もう少しで到着します! もう少しで……!」

 ミリアリアに至っては泣きそうである。

「マス伍長は出せないのか!?」
「ダメです。今出したら的にされます!」

 ナタルは唇を噛んだ。何時の時代も艦載機の出撃には苦労する。

「こんなことなら出撃させていればよかった」

 自分の判断ミスに後悔するナタル。万全を喫していたつもりがこの体たらくとは……。
 トールはシーマを相手によく健闘している。と言ってもシーマが手を抜いているから生き残っているのだが、
それを差し引いてもトールは新兵を超える働きをしていた。

「キラの足を引っ張るわけには……」

 トールはコーディネイターに対する偏見がない。オーブ人であることもあるが、一番はキラの存在だろう。
ヘリオポリスで会ったキラは、どこか抜けていて、言われなければコーディネイターと気付かなかったほどだ。
そんなキラが命を賭けて自分達を守ってくれた。あのボケーッとしていたキラがだ。
 その為にトールは、少しでもキラの役に立ちたい想いが強かった。過信していたわけではないが、今までの
戦闘で敵機を4機撃墜している実績もある。だからこそ戦場で敵を撃破することでエースの称号が欲しかった。
キラの隣に立ちたかったのだ。

「あたれーっ!!」
「あまいあまい」

 それでもシーマとの技量差は歴然だった。トールにはパイロットの才能があるが、その才能が開花している
わけではない。ビームを避けてトローペンは間合いを詰めると、強烈な蹴りを浴びせた。サーベルを抜く余裕
があったにもかかわらず、ワザと蹴ったのだ。

「くっそーっ!!」

 常に戦場で前線に立っていたシーマの力に、トールは敗北感と無力感を味わった。

「そろそろ終りにしようかね」

 遊びに飽きたのかシーマは背中のヒートサーベルを抜いた。先程までとは違う気迫がトローペンから漂った。
トールはこの気迫に気付きビームサーベルを構えるも、トローペンの突進を受け止めるので精一杯だ。鍔迫り
合いのまま頭部のイーゲルシュテルンを叩きこむ。しかしシーマは、それすら回避して勢いのままに体当たり
を仕かけ105ダガーの体制を崩した。その隙を逃がすシーマではない。

「終わりだよ!」

 赤く熱せられたサーベルが切り裂いた。105ダガーの頭部が胴体と切り離され、無常にも落ちる。意図的に
避けたわけではない。その場で転倒しかけたのが幸いした。

「くっ……ううぅ!」

 メインカメラからサブカメラに切り替えるとモニターに止めを刺すため近づくトローペンが映る。

「トール! 逃げてトール!」

 トールが殺される。ミリアリアは悲痛な叫びを上げるが逃げられる訳が無い。シーマもプロなのだ。次の
一撃は決して外さない。シーマのトローペンがサーベルを構える。一瞬にしてトールの命は尽きるだろう。
 もうダメだ。そう思った次の瞬間、一筋のビームがトローペンの頭上をかすめた。

「ビーム砲? あいつらしくじったね」

 シーマが舌打ちして、武器をサーベルから90mmマシンガンに持ち替えた。

「殺らせるかぁぁぁっ!」

 キラはソンネンの姿を思い出した。勝算の低い戦いに身を投じ、タッシルの町を救ったことを……。
 あの時、自分は一人で逃げ出して信頼する友人たちを裏切った。だけど皆は笑って許してくれた。だから
もう裏切りたくない。どんなことをしてでも皆を守ってみせる。

「うああああっ!!」
「何だ、こいつは!?」

 ストライクの動きにシーマは目を見張った。形は105ダガーと同じ教科書なのだが、動きがあまりにも速い。
慌てて下がると予備のマシンガンも取り出した。歴戦のパイロットの勘がそうすべきと告げていた。

「こいつはっ!?」

 立ち止まったら殺られる。そう思ったシーマはトローペンを走らせた。ストライクは恐ろしく正確な射撃を
行ってくるが、シーマは経験からキラの狙いを読み取っていた。放たれたビームを回避しつつ、両手に持った
マシンガン2丁で一斉射撃する。だが、ストライクは桁外れの動きで避けきった。

「バカな!」

 シーマはナチュラルだが、MS戦の実力はコーディネイターに負けない。それだけの修羅場を経験している
からこそ、相手が誰であろうと戦場を操ることができた。しかしだ。ストライクの動きは今まで会ったどんな
パイロットとも違う。効率的に機体を操作し、正確に自分を狙ってくる。その動きは全てが迅速だ。
 それでも何発かは命中させることができたが、いずれもPS装甲によって阻まれてしまう。

「なんて奴だい!」
「シーマ様、援護をっ!」
「来るんじゃない! お前たちは自分の相手に集中しな!」

 部下が支援に回ってもストライクを倒せるかは疑問符が付く。シーマはマシンガンを乱射しつつアークエン
ジェルの影に身を隠して弾薬を交換した。

「す、すごい!」
「キラ……どうしちゃったの?!」

 眼下で行われるトップクラスの戦闘にアークエンジェルの艦橋は静まり返っていた。キラが凄いのは前から
解ってはいたが、今日は異常なほどだ。こんなキラは脱走した時以来である。

「トノムラ軍曹、ストライクの援護は可能か?」
「速過ぎて無理です。それよりマス伍長を支援に……」
「駄目だ。伍長を出しても足手まといにしかならない」

 ストライクは限界性能を超えた動きをし、トローペンも高速で機動し続けている。両者に割って入れるのは
ムウかレナのようなエースぐらいだ。

「仕方がない。今は損傷したケーニヒ機の援護を最優先にする」
「待ってください艦長。サイはっ!?」

 放置されるサイにカズィが噛み付く。それにナタルは冷静にモニターを指差した。

「よく見てみろ。アーガイル機には直に支援が付く」






 ドムは従来のMSを凌駕した速度で機動することができる。しかし、それは裏を返すと動きが直線的になる
傾向があることを意味していた。つまり動きを読むのが容易になるのだ。ドム乗りならばこの傾向に注意しな
ければならない。そうしなければ技量の高いものに遭遇した場合、多大なる苦労をする破目になる。

「グオッ!!」

 このドムもその一人となった。自慢の高機動でジャンのデュエルダガーを翻弄したが、動きが単調になった
おかげでジャイアント・バズに直撃弾を受けてしまう。

「遅い!」

 ジャンはドムが持ち替えようとしたマシンガンを精密な射撃で破壊すると相手に通信を開いた。

「何のつもりだ!?」
「命は取らない。行きなさい」
「見逃すだと?! ふざけてんのかテメェ!!」

 逆上したドムのパイロットは、ヒートサーベルに手を掛けてデュエルダガーに襲い掛かった。ジャンはその
行為を愚かに想いながらライフルを正射。サーベルを持ったドムの腕を破壊する。さらに転倒したドムに追い
討ちをかけるように携帯している武器を全て破壊した。オデッサで戦闘能力を完全に破壊しなかったおかげで
思わぬ痛打を受けた経験から、ジャンはドムの戦闘力を完全に喪失させたのである。

「アーガイル伍長、聞こえますか」
「は、はい」
「こちらに来てください。この機体を鹵獲してもらいます」
「テ、テメェ……!」
「その機体は興味深い。研究対象にさせてもらいますよ」

 己の不殺主義への言い訳なのか、ジャンは工学博士らしいつぶやきを洩らした。






 弾幕を回避しながら距離を詰めるストライク。トローペンは片方のマシンガンを捨てて身構える。

「まだ電池が切れないのかい!」

 焦りの色を浮かべたシーマは思わず毒づいた。バッテリ残量が3割を切って、そろそろ母艦に戻らなければ
ならない。しかし、ストライクの武器はビーム兵器、実弾主体のトローペンよりエネルギー消費が大きいので、
既に相手のエネルギーは切れている筈だ。だが、現実にはこちらが攻められている。
 シーマはヒートサーベルを抜き、ストライクの斬撃を受け止める。パワーはトローペンのほうが上のようだ。
力任せに押し返しながらサーベルで斬りこむ。

(今週の蠍座の運勢は悪かったか!?)

 そんな事を想いながら再びマシンガンを放つ。すると今度は見事に命中した。今まで様に流れ弾に当たった
のではなくストライクが回避行動に移らなかったのである。シーマはストライクが避けなかった訳にいち早く
気が付いた。ストライクの後方にはアークエンジェルがあったのだ。避けては艦に被害が及ぶ。
 キラがアークエンジェルへの被害を最小限に留めようとするならば、シーマが次に取る手はおのずと決まる。

「この機体!」
「そらそら、避けたら大事な艦に傷が付くよ!!」

 自分とアークエンジェルの対角線上の攻撃だ。さすがにキラも焦り始めた。トローペンの卑怯な戦法にキラは
意を決し、捨て身の特攻を仕掛けた。実弾兵器ならPS装甲で防げる。しかし――

「あまいんだよ!」
「うあっ!!」

 シーマは武器をジャイアント・バズに持ち替えていた。幾ら実体弾を防げるPS装甲と言ってもロケット推進
の360mm弾が直撃した衝撃はキラの動きを止めるには十分だ。動きの止まったストライクに、シーマはさらなる
追撃を加える。残ったジャイアント・バズ全弾を放つと一発が背部のエールパックを破壊した。外部ユニット
であるストライカーパックはPS装甲を施してない。結果、キラは高機動戦闘を封じられることになった。

「しまった! うわっ!!」
「いい加減に落ちな!」

 機動力を失ったキラは防戦一方になる。シーマの放った弾丸は外れることなくストライクに命中する。今、
キラの命を護っているのはPS装甲のみ、エネルギーが切れれば一巻の終わりだ。

「何て硬い装甲だい! 何でこの至近距離で直撃を受けて砕けない!?」

 シーマは勝負を決めるべくラケーテン・バズを手にした。トローペンのラケーテン・バズは口径880mm。
ジャイアント・バズに比べても巨大な口径にキラは血の気が引く。
 そんな時、ジャンのデュエルダガーの撃ったビームライフルがトローペンの動きを止めた。

「ちっ! こんな時になって!」

 バズーカは弾切れ、マシンガンも捨てた。ラケーテン・バズだけで新手と戦うのは歩が悪い。

「シーマ様。引き際です!」

 サイとジャンを相手していたドムが援護に駆けつける。

「僚機がやられました。これ以上は……!」
「っ!! 大事な機体をっ!」

 このまま引き下がるなど腹の虫がおさまらない。狙いを付けた獲物を逃がすなど考えられなかった。しかし、
新手のMSは動きが良い。只者でないのは動きで判る。シーマは瞬時に理解すると身をひるがえした。

「今日の所は見逃してあげるよ! 癪だけどね!」
「シーマ様、アイツはどうします?」
「自分でケリをつけるよう伝えな。それと……」

 前方に見えるザク改を指差す。

「アレは回収しておくこと」

 そうしてトローペンとドムは脚部スラスターを吹かしながら離脱するのだった。






「損害は105ダガーが中破、デュエルダガーは大破。マッケンジー中尉は負傷した模様」
「そうか、救護班の用意を……」

 命じながら、ナタルは肩の荷を降ろした。こちらにも損害が出たとはいえ彼らの活躍は賞賛するに値する。
しかもジオンの新型MSを鹵獲できたのは大きな成果だ。

「鹵獲した敵機はどうします?」
「一先ずアーガイル伍長に警戒をさせておけ。武装はないのだろう」
「キャリー中尉が解除したそうです」
「ならば彼でも問題ない」

 着陸したアークエンジェルに機体の回収を始める作業員。ストライクは小破。フェイズシフトダウン寸前で
戦闘が終了したのが幸いだった。トールは気絶していたが軽傷で、今マードックがコックピットから引きずり
出している。ミリアリアは既に彼の元へ向かっていた。105ダガーは修理すれば問題ないだろう。
 ただしクリスは思ったより重傷だった。腕の骨が折れ、他にも幾つか骨折している模様。デュエルダガーも
復元は不可能なほど損傷している。推進剤に起爆しなかっただけでも奇跡だった。
 戦死者が一人も出なかったことに皆が安堵する中、一人だけ不機嫌な顔をしていた。

「また不殺か」
「鹵獲しただけです」

 レナである。彼女はジャンと共にサイの105ダガーが見張っているドムを見た。

「都合のいい理由だな」
「ジオンの技術力には些か興味がありまして」
「それは初耳ね」
「……」

 皮肉の応酬をしながらドムの前に立つと降伏勧告を出す。ドムのパイロットは今だコックピットに籠もって
いるのだ。ジオンとは南極条約に伴って、捕虜の扱いはザフト兵ほど悪くはないが、降伏に応じないとなると
力尽くで引きずり出すか、最終的には撃破するしかない。

「私がやるわ。アーガイル伍長、退きなさい」
「待ってください。何も殺す必要は……」
「降伏に応じないのよ」
「しかし、無抵抗の相手を殺すなど……」

 議論は平行線をたどる。サイは2人の言い合いを困ったように見つめた。彼からしてみれば、敵を撃破する
より死んだ人間が一人もいなかったことの方がずっと大事だったからだ。特にアークエンジェルの被害は軽微。
婚約者であるフレイに一刻も早く会いたかった。
 彼だけではない。多くの兵士が恋人に、家族に、友人に会いたがっていた。
 しかし、彼らはこのとき一つだけ思い違いをしていた。ある意味で、ドムには戦闘能力が有ったのだ。
 ――拡散ビーム砲
 胸部に内蔵されているビーム兵器である。ジャンは目に見える武器を全て破壊したが、これだけは武器であ
ることに気がつかなかった。いや、仮に整備班のマードックが直接調べても武器であるとは思わないだろう。
この武器はビーム砲と銘打っているが、その出力が弱いため敵MSのモニターに灼き付けを起こすことによる
目くらまし程度にしか使えないからだ。
 それでもドムのパイロットには十分だった。周囲の目がレナとジャンに向けられると、彼は拡散ビーム砲を
ためらわず放った。105ダガー、デュエルダガー、バスターダガーのモニターは真っ白になりドムの機影を失う。
状況が飲み込めるようになったのは僅か数秒。ドムはその数秒の間にスラスターを吹かし、地面に落ちていた
90mmマシンガンを拾うとデュエルダガーに向けて乱射した。自分をコケにしたジャンを殺そうと狙ったのだ。
 最初にドムの動きに気づいたのは、あろうことかサイだった。ラミネート装甲の御陰なのか、サイは状況を
いち早く確認できたのである。モニターに映るのはドムがデュエルダガーに狙いをつける光景。サイは咄嗟の
判断でデュエルダガーに体当たりした。
 次に気づいたのはレナである。ドムがマシンガンを乱射する姿に、迷うことなくライフルの引き金を引いた。
 最後に気づいたジャンは、モニターに映る光景を理解できなかった。ドムが炎上している。バスターダガー
は94mm高エネルギー収束火線ライフルを構えており、自機は転倒している。そして覆いかぶさるようにサイの
105ダガーがあり、その胴体部には銃根が残っていた。
 ドムが拾ったマシンガンは、シーマが戦闘中に放棄した90mmマシンガンである。トローペンに装備された
マシンガンは通常のものと比べると小型であり、片腕のドムでも扱える代物だ。貫通力も上がっている。

「アーガイル伍長!!」

 レナの叫び声が聞こえた。後方からはムウのイージスが駆寄ってくる。

「こ……れ……は……」

 何が起きたのか。優秀なコーディネイターであるジャンは理解してしまった。

――覚えておくことね。貴方の考えは何時か味方を殺すことになるわよ

 ジャンは出撃の前にレナに言われたことを思い出した。






 オデッサ作戦失敗。
 今回の一件で、軍内部における主流派の発言力は大幅に低下し、その責任を問われる形となった。今後地球
連合軍はブルーコスモス派が主導権を握る形で、指揮系統が移管されることになる。
 ナタルたちの今後も、ブルーコスモス派が決定権を持つことになるが、意外にも彼らを含むハルバートン派
に処分を施されることはなかった。
 これは、ユーラシア連邦が中心となる第2軍が勝手に撤退した為に作戦全体に狂いが生じたと、参謀本部が
判断したからである。つまりオデッサ作戦失敗の全ての責任はハルバートン提督ではなくビラード将軍にあり、
大西洋連邦側にはなんら落ち度はなかったと発表したのだ。
 当然この主張にユーラシア連邦は抗議する。ただでさえオデッサ作戦失敗によりジオン公国の占領下にいる
住民達は、その旗色をジオン軍に向け始めているのだ。連合軍の敗北も理由の一つだが、決定的になったのは
アークエンジェルとドミニオンが放ったローエングリンであった。これによってウクライナ北西部が深刻的な
放射能汚染にさらされ、地域住民は大規模なデモを起こしている。
 ユーラシアの抗議に大西洋連邦は、ビラードの撤退がなければローエングリンを撃つこともなかったと答え、
両者の溝は埋まることはなくなった。この不協和音は、ハルバートンとユーラシア連邦軍との繋がりを完全に
絶ったことになる。
 このような結果にムルタ・アズラエル理事は、ストライクダガーの増産を決定する。これは連合軍の損害が
いずれも高級機であるデュエルダガーだったことが影響している。MS152機の損害を埋めるには、生産性の
高いストライクダガーの量産しかないからだ。また、ストライカーパックシステム搭載MSの大量生産を前提
とした105ダガーの廉価版の開発も加速される。それは、後にダガーLと呼ばれることになる機体であった。
 一方のオデッサを防衛できたジオンでも一悶着があった。マ・クベの水素爆弾使用発言が、中立国――特に
スカンジナビア王国――から非難を受けることになったのだ。南極条約に違反する核兵器。ブラフとはいえ、
公言したの周辺諸国に警戒を与えたらしい。
 ジオン公国内部ではマ・クベに対する処分に賛否が分かれたが、結果は不問という形になった。その代わり
オデッサ防衛の功績は帳消しにされることになる。中立国から批難は必至だが、中立国に何の価値も見出して
いないギレン総帥は“戦争に関わらない国が口を挟む問題ではない”と一蹴してしまう。南極条約はジオンと
連合の間で定められたもので、中立国が抗議する云われはないのだ。
 そうなるとジオンとしては、連合側の対応に注意しなければならない。だがそれも、ローエングリン事件を
引き合いに出して反論を封じた。
 結局マ・クベは中将のまま、引き続きオデッサ防衛を努めることになる。
 ユーリ・ケラーネ少将は働きを甚く評価されたが、ハルバートン提督を取り逃がしたことと、ドム二個中隊
が全滅したことが合わさって昇進は見送られた。
 ダグラス・ローデン大佐も、少ない戦力で第2軍を相手に奮闘したことが評価されたものの、昇進すること
はなかった。これは彼がダイクン派であることが関わっているようだが、詳しいことは不明である。
 ノリス・パッカード大佐は極東に左遷され、オデッサを離れた。木馬を取り逃がしたことがハルバートンを
取り逃がす結果に繋がり、さらにはドム二個中隊が全滅したのだから致し方ない。
 こうしてオデッサ防衛は、将官が誰一人功績を認められないという異常事態に陥るのだが、それをウヤムヤ
にしたのがガルマ・ザビ准将である。
 瞬く間にジブラルタルを攻略した彼はジオン十字勲章を授かり少将に昇進した。以後は、アフリカ方面軍の
指揮権をノイエン・ビッター少将に移し、ジブラルタル基地司令官・兼・ジブラルタル残留艦隊司令官・兼・
地球方面軍最高司令官という複雑な身分になるのだった。
 ジブラルタル司令部占拠を成功させたシーマ・ガラハウは中佐に昇進し、以後ガルマの直属となる。
 奇跡(?)の生還を果たしたバーナード・ワイズマンは軍曹となり、欠員の出たサイクロプス隊へ配属される。
 余談だが、シーマからの“おしおき”は幸運なことに転属の影響で受けなかったそうだ。